見立て

吉川 「この死体の形、まるで何かを抱いてるかのようですね」


藤村 「今なんて?」


吉川 「死体の形が変だって」


藤村 「その後だよ!」


吉川 「何かを抱いてる?」


藤村 「それだ! これは見立て殺人なんだ!」


吉川 「見立て殺人!? ミステリィによくあるやつですか?」


藤村 「そう! 2週間前の連続殺人。この事件はあれと一連のものだったんだよ」


吉川 「なるほど。確かにあの事件も謎が多かった」


藤村 「犯人は殺人を介して何らかのメッセージを伝えようとしてるに違いない」


吉川 「問題は一体何に見立ててるかですね」


藤村 「それはもう目星がついている」


吉川 「本当ですか? さすが藤村さん」


藤村 「一連の事件は手コキクリニックシリーズに見立てられてるんだ!」


吉川 「……はい?」


藤村 「手コキクリニックシリーズだ。見てみろ、この死体は手コキクリニックファン感謝祭の時のあれの形そっくりだ!」


吉川 「違うと思います」


藤村 「俺の目に狂いはない」


吉川 「もう目の問題じゃなく全体的に狂ってる」


藤村 「となると以前の事件も……」


吉川 「違うって。絶対違う。見立て殺人ってあれですよ? 聖書だったりチェスだったり数え歌だったり、そういうちょっと伝統的な誰もが知るものに見立ててるから成立するんじゃないですか」


藤村 「お前は手コキクリニックシリーズ知らないのか?」


吉川 「誰もが知ってるわけじゃないでしょ」


藤村 「お前は知ってるんだな?」


吉川 「知りませんけど」


藤村 「知らないくせに否定するのはおかしいよな? 知ってるからこそ誰もが知ってるわけじゃないってこともわかるわけだ。お前は知ってるよな?」


吉川 「聞いたことはあるかも知れませんけど」


藤村 「知ってるんじゃねえか! だったら見立てでいいだろ」


吉川 「いや、見立てないでしょ。犯人はわざわざ殺人を犯してるんですよ? 手コキクリニックを伝えるために殺人なんてリスクの高いことをするバカがどこにいます?」


藤村 「殺人を犯す時点でバカだろ。チェスに見立ててたら正常な精神を持ってるとかそういう話なのか?」


吉川 「そう言ってるわけじゃないけど。でも普通に考えて違うでしょ」


藤村 「殺人事件なんだよ。普通に考えて理解できるか? お前は日常の延長で殺人を犯すのか? しかも連続で」


吉川 「そうかも知れませんけど。明らかに違うなっていうのはあるじゃないですか」


藤村 「なんでお前、チョイチョイ犯人側の思想に共感してるんだよ?」


吉川 「いや、共感はしてないです」


藤村 「この事件を犯した野郎はな、みんなの愛する手コキクリニックシリーズを穢したクソ野郎なんだよ。絶対にこの手で捕まえてやる」


吉川 「手コキクリニックの方が怒り強めになっちゃってるじゃないですか。殺人に怒りましょうよ。手コキクリニックじゃないと思いますし」


藤村 「お前は絶対に手コキクリニックシリーズに見立ててないという確信があるのか?」


吉川 「絶対ではないですけど、逆になんでそんなに強い信念を持ってるんですか?」


藤村 「訴えてるんだよ。俺の刑事の勘がビンビンとな!」


吉川 「そんなビンビンに振り回されたくないなぁ」


藤村 「とにかくこの辺りのクリニック関係者を当たるんだ」


吉川 「そんな理由で当たれないでしょ。なんて説明するんですか。変な企画の声掛けだと思われちゃうでしょうが」


藤村 「なんだ、変な企画って?」


吉川 「いや、だから。その、そういう邪な」


藤村 「お前は一体何を言ってるんだ? これは犯人の手がかりを掴むための真っ当な捜査だろうが」


吉川 「そうですけど、手コキクリニックを念頭に置いて行動するとおかしくなっちゃいますよ」


藤村 「どうしてだ? 一体手コキクリニックシリーズを何だと思ってるんだ?」


吉川 「それはこっちのセリフですよ。そういうやつでしょうが! 逆にどう思ってそう言ってるんですか?」


藤村 「患者のことを一番に思ってる仕事熱心な看護師の成長物語だろ」


吉川 「そんな風に見てるやついないんだよ!」



暗転

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