前もって

藤村 「やってもいいんだけどさぁ、前もって言っておくけど実は全然寝てないんだよね」


吉川 「それは関係なくない?」


藤村 「いや、本当に。全然寝てないの」


吉川 「どんくらい?」


藤村 「今年に入ってからはまだ寝てないかな」


吉川 「そんなわけないだろ! 死んでるよ、それは」


藤村 「いや、だから、実際問題寝てないっていうか、ちゃんと寝てないんだよ」


吉川 「ちょっとは寝てるってことだろ?」


藤村 「ちょっとはね」


吉川 「昨日どのくらい寝たの」


藤村 「昨日は6時間くらいかな」


吉川 「結構寝てるじゃねーかよ!」


藤村 「いや、でもグッスリしてないから。ほぼ寝てないって言ってもいいくらい」


吉川 「なんだよ、グッスリって。それはお前の感じ方だろ」


藤村 「もう本当に長いことグッスリしてなんで、実質寝てないって言ってもいいくらいのやつだから」


吉川 「そんな言い訳はいいんだよ。とっととやれよ」


藤村 「やってもいいんだけどさ。前もって言っておくけど最近身内に不幸があってさ」


吉川 「えー、なにそれ。なんで急に言うんだよ」


藤村 「言おうかなとは思ってたんだけど、なにぶん身内のことだから」


吉川 「誰が?」


藤村 「えーと、母方の叔母さんみたいな感じの人」


吉川 「みたいな感じ? なんで濁してるの」


藤村 「あんまり交流なかったんで」


吉川 「じゃあよくない?」


藤村 「よくないってことはなくない? 身内が死んでるんだよ?」


吉川 「そうだけどさ。交流なかったんでしょ?」


藤村 「人の命を交流とか直流とかで決めるんじゃないよ!」


吉川 「直流なんて言ってないけど。親密な人だからこそ落ち込むものなんじゃない? 落ち込んでないでしょ?」


藤村 「落ち込んではいないよ」


吉川 「じゃあいいじゃん。やれよ!」


藤村 「あと前もって言っておくけど、ここに来る前にパチスロで4千円いかれてるんだよね」


吉川 「なにそれ」


藤村 「もうそういう精神状態だからっていう意味で」


吉川 「パチスロ行ってきたの? その時間あるなら寝ればよかったじゃん。寝てないっていうのもどうでもよくなっちゃうでしょ、それは」


藤村 「あ、パチスロの話はやっぱなしで」


吉川 「やっぱなしじゃないよ。だったらなんで出したんだよ」


藤村 「4千円だったから」


吉川 「気にしてんじゃねえかよ! いいからやれよ」


藤村 「あとあれだ。前もって言っておくけどほとんど食べてないんだよね」


吉川 「嘘つけよ」


藤村 「これは本当。もうここんところ全然食べてないの」


吉川 「そんな風には見えないけど? いつから?」


藤村 「これはもう本当に。いつからだろう? もうずっと」


吉川 「そんなわけないだろ? 人間は数日食べないだけで死ぬんだぞ?」


藤村 「だから死なない程度の食べは発生してるけど」


吉川 「なんだよ、食べが発生してるって。食べてるんだろ?」


藤村 「いや、どうだろ? 食べてないなぁ」


吉川 「違うよ? だってここに来る前になんかパンみたいの食べてたじゃん」


藤村 「あれは、だって全然美味しくなかったから」


吉川 「美味しい美味しくないはお前の感想だろ」


藤村 「ちゃんと美味しく食べたわけじゃないから、実質食べてないみたいな感じで」


吉川 「実質じゃなくて食べてるんだよ、それは」


藤村 「どうかな? ちゃんと美味しく食べてるわけじゃないのに食べてるって言われるの、パチスロで負けたのに楽しんだみたいに言われるのと一緒じゃない?」


吉川 「一緒でいいだろ。食べてるんだよ。食べてることは食べてるってことなんだから。味の問題じゃないだろ」


藤村 「別にやってもいいけど、そのくらいの食べてなさがあるから」


吉川 「食べてなさはないだろ! 食べてるんだから」


藤村 「実質ね。実質の話だから。食べてるか食べてないかで言ったら実質食べてないし寝てない」


吉川 「食べてるし寝てるしパチスロで負けてるんだよ!」


藤村 「あと実質やりたくない」


吉川 「最初からそう言えよ!」



暗転

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