とろける

藤村 「では、早速いただきたいと思います」


吉川 「さぁ、いかがでしょうか?」


藤村 「うっわ! 柔らかい。あー、口の中で溶けちゃった。え? 今私食べましたっけ?」


吉川 「食べてました」


藤村 「いや、食べてないんじゃないかな? そのくらい一気に溶けてしまいました」


吉川 「お味の方は?」


藤村 「もはや食べてないくらいの味ですね」


吉川 「食べましたよ?」


藤村 「そのくらいとろけたから。味……あったかな?」


吉川 「味はあったでしょ。口に入れたらわかるでしょ」


藤村 「いや、食べてないんじゃない?」


吉川 「食べましたって」


藤村 「そのくらいだったんで! 食べた瞬間に食べる前にタイムリープしたのかな」


吉川 「そんな危険な食べ物じゃないでしょ! 味は?」


藤村 「タイムリープした人に対してもっと聞くことあるんじゃないですか?」


吉川 「してないもの! タイムリープは。味を聞くために食べさせたんだから」


藤村 「それはでも、食べたあとに聞いてくれないと」


吉川 「食べたでしょ! なんかおじいちゃんを相手にしてるみたいだな」


藤村 「では改めていただいてみたいと思います」


吉川 「……いかがですか?」


藤村 「溶けたなー。一瞬で溶けた。もう柔らかすぎる」


吉川 「食感は柔らかいということですね?」


藤村 「もうとろけすぎて、口の天井のところデロデロになっちゃった」


吉川 「デロデロにはならないでしょ! 危険な食べ物じゃないんだから!」


藤村 「そのくらい一瞬でシュワッって感じ。口の中を何かが通り過ぎたなってくらいの。食品界の通り魔!」


吉川 「喩え悪いな! 通り過ぎるものの喩えならもっといいやつがいくらでもあるだろ」


藤村 「まったく食べたとは思えない感じです」


吉川 「食べた感じはあるでしょ、さすがに」


藤村 「いや、なにせ溶けるから。これだけ食べてればもう一生ウンコ出ないんじゃないかな?」


吉川 「食レポで一番言っちゃダメな言葉を言うなよ! ブレーキを踏め!」


藤村 「ただ口に入れた瞬間、かすかに……いや、やっぱり溶けたな」


吉川 「そんなに溶ける!? 溶けるにしても溶けたあとの味があるでしょ」


藤村 「ひょっとしたら食べたのに食べてない感じになるスタンド攻撃を受けてるのかも知れない」


吉川 「受けてないよ。なんだよ、そのしょうもないスタンド。餓死させる目的か? 気が長いな!」


藤村 「そのくらい溶けます」


吉川 「もう溶けるはいいんだよ。溶けるってのはわかったよ。柔らかくて溶ける。さてそのお味は!?」


藤村 「それは食べてみないと」


吉川 「食べただろ! どうなってるんだよ、その舌は?」


藤村 「溶けすぎて舌で追いつかないんですよ。一回これ噛んだやつをベェって出していいですか?」


吉川 「ダメだよ! そんな食レポ見たことあるか?」


藤村 「なんか溶けてわかんなくなっちゃうんで」


吉川 「わかんなくなっちゃうなよ! 味は感じるだろうが!」


藤村 「味っぽいものはあった気がするんですけど、実際にあったかって言われると、なんか家の鍵ちゃんと掛けたかな? みたいな感じになっちゃう味です」


吉川 「そんな味ねえよ! 家の鍵締めたかな? とか、ガスの栓締めたかな? とか食べてる時に気になったら、それは強迫神経症だよ」


藤村 「いえ、ガスはうちオール電化なんで」


吉川 「知らねえよ! そういう話をしてるわけじゃないんだよ! 味! あるだろ?」


藤村 「なくはないです。とろけて、飲み込んで、なんかあったな。百均に来た時みたいな感じ。なんか買うものあったんだけどなぁ。って味です」


吉川 「感じで喩えるなよ! お前のイメージ一個も伝わってこないだよ。味の伝え方はあるだろ。そのための言葉が」


藤村 「それがもう溶けて流れるのが早すぎて補足できなくて。スカイフィッシュみたいな味かなぁ?」


吉川 「スカイフィッシュ食べた人いないんだよ! ちゃんと見た人もいないんだから!」


藤村 「ぅえぷっ! あ、今ゲップしたら味が帰ってきました。えーとですね……」


吉川 「おかえりの味で食レポするなよ!」



暗転



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