吉川 「次の相手は……聞いたことないな」


藤村 「あっ!? こいつは!」


吉川 「知ってるのか?」


藤村 「噂に聞いたことがある。経歴素性一切が謎に包まれた男だ。だがかつて巌不動流百人抜きを達成した者うちの一人だという」


吉川 「そんな男がいたのか」


藤村 「その次の対戦相手も見てみろ」


吉川 「その次? 知らない名前だ。なんなんだこの大会は」


藤村 「噂に聞いたことがある。B型でてんびん座。趣味はお菓子作り。公園で読書をするのがリラックスタイムということ以外、一切が謎に包まれた男だ」


吉川 「それ以外の一切? リラックスタイムを知る前に戦い方とか出自とか知れそうだけど。そこはわからなかったの?」


藤村 「いよいよ混沌としてきやがったな」


吉川 「この男は? こいつについてはなにか情報を持ってる?」


藤村 「噂に聞いたのだが、このウィキペディアの記事に書かれてること以外は一切が謎に包まれた男だ」


吉川 「ウィキペディアに記事があるの!? 個人の? まぁまぁの有名人じゃん」


藤村 「ただそれ以外が一切謎に包まれている」


吉川 「それ以外って、結構充実した記事が載ってるな! 親御さんの職業まで載ってる。むしろここ知られてるやつ、この大会にいないだろ」


藤村 「でもほら、付き合ってる人の名前とか書いてないから」


吉川 「そこまでのプライベートは書かないだろ! 放っておいてやれよ。誰と付き合おうが」


藤村 「一応付き合ってるんじゃないかって相手は目星がついてる。SNSの投稿で匂わせが発覚してるから。一緒に住んでるんじゃないかって証拠も特定班は握ってる。あとは本人たちが発表するだけの状態」


吉川 「有名人だからって詮索していいわけじゃないんだよ! プライバシーとかないのかよ。好きなら何でもしていいってわけじゃないぞ!」


藤村 「いや、むしろ特定班は好きっていうよりもファンが一喜一憂するのを面白がってるだけなんで」


吉川 「より最悪じゃねえか! もう終わり! この人の話は終わり。何も分からなくて結構!」


藤村 「さてこの次の男だが……」


吉川 「知ってるの? なんかあんまり知らない方がいい気もしてきたんだが」


藤村 「かなり緊張しているようだ。昨日も眠れなかったし、ここに来る電車の中で吐きそうになってた。それ以外は一切が謎に包まれた男だ」


吉川 「気持ちを知っちゃってるのかよ。なんでだよ!」


藤村 「SNSフォローしてるから。ちなみに相互。俺が寝坊したことも相手に筒抜けだ」


吉川 「なんなの? だったら一切謎に包まれてないだろ。それなりに知ってるだろうが」


藤村 「どうかな。でも昭和の特撮が好きかも。俺のソフビコレクションにいいねしてくれたから」


吉川 「そこそこ交流あるんじゃねえか! 謎に包まれた存在じゃないだろ、もう」


藤村 「でも本名も知らないし、果たして知り合いと言えるのか謎に包まれてる」


吉川 「それはお前の判断でいけよ! 謎としてこっちに投げるなよ。二人の問題だよ!」


藤村 「そして最後に一番問題なのはこの男」


吉川 「こいつは知ってるよ。前回の覇者なんだから。みんな知ってるよ」


藤村 「それはどうかな?」


吉川 「別にいいよ。そのプライベートの情報とか。知ったところで戦いに影響はないし、むしろ相手に共感しちゃってやりづらくなる」


藤村 「いいのか? こいつの今日の運勢とか?」


吉川 「全然いいよ。運勢で決めないだろ。左パンチに注意とか出るのか?」


藤村 「相手のことを知るのは大事だぞ? 孔子だってそんなこと言ってた。子曰く一応聞いておいた方が良いぞって」


吉川 「孔子がそんなくだけた言い方しないだろ。お前の解釈が孔子を邪魔してるんだよ。何を知ってるんだ?」


藤村 「こいつは普段は俺のラインを既読スルーする癖にさ、なんか俺が凹んでる時だけ飯食いに行かないとか誘ってくるし、その割には俺の誕生日の時になんのメッセージもないんだよ! この間なんてうちに泊まりに来てるんだよ? なのにさっき挨拶したら『おうっ』の一言だけ。俺のことを一体どう思ってるか一切が謎に包まれてるんだよ!」


吉川 「思春期の乙女かよ!」



暗転

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