バズ

藤村 「いやぁ、バズっちゃってね」


吉川 「ん? どうかしたの?」


藤村 「またまた、知ってるくせに。なにせバズっちゃってるんだから」


吉川 「……ごめん。なに?」


藤村 「SNSで今バズってるでしょ、俺の投稿が」


吉川 「知らなかった。そうなの?」


藤村 「まじかよ。恥ずかしいぞお前、今やもう世界だから。世界が俺の投稿に注目してるんだから」


吉川 「へぇ、後で見てみる」


藤村 「あとで!? もうその速度感が世界についていけてないんだよ。バズってのは今なんだから。今見ないとお終いだぞ」


吉川 「別についていけてなくていいよ」


藤村 「ほら、そのひねくれた態度。そんな態度だから俺みたいにバズれないんだぞ」


吉川 「目指してないもの、べつにそれは」


藤村 「はいはい。そのスタンスね。それでいればバズれなくても自尊心が傷つかないですむという冷笑型。それ一番バズらないやつだから」


吉川 「ウザいなぁ。マジでどうでもいいんだよ、バズるとか」


藤村 「お前本当に大丈夫か? 人間バズってないとそんな風にひねくれちゃうんだな」


吉川 「ものすごい見下してるな、バズってない人を。ほとんどの人はバズってないから。お前の方こそ異常だろ! そんなバズることに囚われて」


藤村 「確かにそれは一理ある。今や俺もバズってるからさ、これから一挙手一投足なにをしてもバズっちゃう可能性があるからね。慎重にしないと他人の人生に影響を与えちゃうから」


吉川 「お前が他人に踊らされてるんじゃねえか。顔も知らない不特定多数に」


藤村 「その言い方、バズらなそぉ~!」


吉川 「煩わしいな! 誰もがバズることを基準に生きてるわけじゃないんだよ!」


藤村 「大丈夫。お前だってきっとバズれるから! 自分を信じて。やけを起こしたりするなよ? バズと炎上は違うから」


吉川 「たまたまバズっただけのやつが、バズのすべてを司る人みたいな立場でよく言えるな」


藤村 「わかっちゃうものなんだよ。一度やっちゃうと。もうバズってなかった頃には戻れないから。なるべく早めにバズっておいた方が損はないぞ?」


吉川 「そんな品のない性格になるんだったらごめんだよ」


藤村 「出た! 品とか、控えめとか、おしとやかとか、バズの逆張りでしょ? バズることの反対側の価値観に傾倒してるから自分は違う宗派ですよみたいなの」


吉川 「そんな思いで言ってるわけでもないよ! ただ品がないと思ってるだけで」


藤村 「あのさ、見苦しいからもうやめな? バズりたくない人なんてこの世に存在しないんだから」


吉川 「いるよ! 割といると思うよ。平穏に暮らしたい人は多いよ」


藤村 「そりゃ現実ではそうかも知れないけど、ネットだぞ? どれだけ平穏を求める人間でもネット上では賞賛を求めるだろ。むしろ心の底から平穏を求めてる人間はネットなんかしないよ」


吉川 「今の文化度でネットを使わないなんて無理だろ。それでもちゃんと節度を持ってやってる人のほうが多い」


藤村 「じゃ、逆に聞くけど。お前のSNS、エモい昭和の喫茶店のクリームソーダの写真あげてただろ? 平穏に暮らす人間がそんなものをあげるか?」


吉川 「あげるだろ。別におかしなことだと思わないよ」


藤村 「正気か!? あんなのイイネ狙いしか考えられないだろ。昭和の喫茶店なんてボロいだけだろ。ボロい汚い貧乏たらしい三拍子だろ。それにクリームソーダ? あんな栄養もない見た目だけの飲み物、好んで頼むやつはいないんだよ」


吉川 「いるよ! 偏見がすごすぎる。飲みたかったから頼んだんだよ」


藤村 「SNSにあげてるくせに?」


吉川 「思い出だろ! こういうこともあったなってあとから見返して思い出すんだよ」


藤村 「そんなわけあるかよ。これの前の投稿だってそう。猫が歌ってるような鳴き方する動画。これ。え? 26万イイネ?」


吉川 「あ、もうそんなにいったんだ」


藤村 「吉川、大切なのは心の豊かさだぞ?」


吉川 「今のやり取り録画してあるからな」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る