メメント

藤村 「……で、あなたは誰なんですか?」


吉川 「本当に忘れちゃったの!? 言った通りだ」


藤村 「ど、どういうことでしょうか?」


吉川 「あなたの方から話しかけてきたんですよ。助けてくださいって」


藤村 「俺が!? なぜ見も知らないあなたに?」


吉川 「それも忘れてるんですか? えーとちょっと待ってください。おそらく右腕に書いてあります」


藤村 「『記憶が10分しかもたない』いつの間にこんな字が」


吉川 「自分で書いたって言いましたよ。他にも書いてあるみたいです」


藤村 「『あいつを信じるな!』と書いてある」


吉川 「いや、私じゃないです! 私はさっき会ったばっかりじゃないですか。その前から書いてありましたよ」


藤村 「俺は一人だったんですか?」


吉川 「そうでしたけど」


藤村 「記憶がないことといい、なにか俺の身に起こってるのか」


吉川 「そんな感じでした。あなたは記憶がもたないで忘れてしまうことと、何かを探してるようなことを言ってまして。正直、変なことを言う人だなと思ってたんですが、本当に忘れてしまうとは」


藤村 「あなたのことは信じていいのかな?」


吉川 「私の方こそいきなり巻き込まれて、疑われる筋合いなんてないですよ。あなたのことなんて知らないんだから」


藤村 「本当にそうか? 何も思い出せない」


吉川 「そういえば、私と会って慌てて何か書いてましたよ。右の太ももに」


藤村 「これか!? 『吉川という男、叱られた犬みたいな顔してウケる』と書いてある」


吉川 「何書いてるんだよ! 急いで書くことか? 悪口じゃねえかよ」


藤村 「確かに。叱られた犬みたいな顔してる」


吉川 「どうでもいいだろ! 記憶が無くなって大変な時に残す情報がそれか? 見りゃわかることだろ。見てわかられてもムカつくけど!」


藤村 「他にもなにか書き留めてませんでした?」


吉川 「書いてたみたいだけど、なんか教えたくないな。ろくなことじゃなさそう」


藤村 「そんなこと言わずに! これが唯一の手がかりなんです!」


吉川 「ふくらはぎの裏のところにも、なにか書いてたみたいだけど?」


藤村 「これだ! 『吉川の喋り方誰かに似てる。誰だったっけな? 確か芸人』って書いてある」


吉川 「わざわざ書く情報か! そのもんやりとした気持ちを後々まで伝えておきたかったの?」


藤村 「確かに誰かに似てる。なんかその品のない喋り方。誰だったっけなぁ?」


吉川 「思い出せないだろ! ちょっと前の記憶すら忘れちゃうやつがド忘れしたなら、もう一生思い出せないんだよ! 思い出したところで別にちょっとスッキリするだけで何も解決しないだろ。どうせ思い出すならもっと他のことを思い出せよ!」


藤村 「こうしてる間にも記憶は消えつつあるのか。もっと他に身体のどこかになにか書いてないか。あった! 『台所の三角コーナーに10円玉を入れておくとヌメリがつかない』だと?」


吉川 「暮らしのライフハック! 必要だったか? その情報! 別に身体に書いてまで残すことじゃないだろ。忘れたままでも何も支障がないよ! お前バカなのか?」


藤村 「俺が書いたとは限らないだろ」


吉川 「限るよ! 会って間もない関係だけどそんなこと書くのはお前だよ。人の悪口とか余計なことばっかり書きやがって」


藤村 「こっちにもある。『お風呂洗剤(塩素系)、コーヒーフィルター、マヨネーズ、お好みソース、ふりかけ、アイス(あれば)』って書いてある」


吉川 「買い物メモだろ! 普通の人が書く忘れ物用のやつ! 記憶が消える人用のもっと大切な情報あるだろ。それに書いたところで買ったかどうか覚えてないんだから意味ないだろ!」


藤村 「なんか視線を誘導するように順番に情報が書いてあるな。『動きの悪くなったファスナーはリップクリームを塗ると復活する』だって」


吉川 「本当かよ! あとで家に帰ったらやってみよう。だから何を書いてるんだよ。ためになってんじゃねえよ!」


藤村 「ここにも何か書いてある。ダメだ、この角度だと読めない」


吉川 「もっとグーって肉を掴んで寄せれば見えないか?」


藤村 「なんだろ、ギリギリで見えない。ちょっとそっちから読んでくれない? なんて書いてある?」


吉川 「『バッカが見るぅ~』って」



暗転

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