厳密

吉川 「その時あれだったじゃん。お前がやろうって言ってさ」


藤村 「いや、厳密に言えば最初は笹咲が言ったんだよ。でも結局話が進まなそうだったから俺がやろうって言ったの」


吉川 「そうそう。それですぐに持ってきたじゃん」


藤村 「いや、厳密に言えば一回家に帰ってからね」


吉川 「まぁ、割と早かったよな。でさ笹咲がお釣り分けるって言い出して」


藤村 「いや、厳密に言えば笹咲はお釣りの確認をしようって言ったんだよ。で、計算したら結構あることがわかってお前がだったら三人で分ければ良くないって言った」


吉川 「うん、そう。そうだけど、結果的に分けたわけじゃん?」


藤村 「いや、厳密に言えばわけたっていうか、三人で割り切れなかったから笹咲だけ890円だったよ」


吉川 「そうだけどさ! よくない? その端数は。だいたい三人で分けたわけだろ?」


藤村 「まるで三等分したみたいな言い方だったから」


吉川 「そんなことよりも、厳密にいちいち流れ止めるのやめてくれない? いいでしょ、そこは。お互いにわかってることなんだから。俺だってそれは覚えてるよ」


藤村 「そうなんだ。でも曖昧な言い方をしてるといつの間にかそれが本当のことだと思いこんでしまうからね。人間は」


吉川 「そうかも知れないけど、今ここで厳密に話をすることよりも流れとしてさ、話を進めるほうが優先すると思わない?」


藤村 「間違いがあったとしてもそれを正すことなく、馴れ合ったやり方で問題が起こるまで進めた方がいいということ?」


吉川 「そうじゃないよ! いちいち流れを止めるほどの重要な間違いじゃないなら、その場は流して後で気になったら訂正すればいいだろ? それがコミュニケーションじゃない」


藤村 「いや、コミュニケーションって言ってるけど、厳密に言えばそっちの思い込みを勝手に話してるだけでこっちとコミュニケーションは取れてないんだけど」


吉川 「お前、いつもそうなの? ツィッターとかでも……」


藤村 「厳密に言うとXね」


吉川 「ツィッターだよ! Xなんて呼んでるやつはイーロン・マスク以外いないんだよ!」


藤村 「厳密に言えばX(旧Twitter)なんて表記されるけど」


吉川 「もう厳密に言うなよ! 人間なんだからさ、適当なところもあるだろ!」


藤村 「いや、厳密に言うと人間だから適当というわけじゃなく、適当な行動を取る性質を持つものが人間の中にはいるというだけで、すべての人間をそう断じるのは違うと思う」


吉川 「そんな厳密になる? わかるだろ? 伝わればいいじゃん。俺はそういう適当な部分で出来てるんだよ!」


藤村 「いや、厳密に言うと水35ℓ、炭素20kg、アンモニア4ℓ、石灰1.5kg、リン800g……」


吉川 「人体を錬成し始めるなよ! 持ってかれるぞ! 厳密に俺の成分を分析されても話は進まないだろ。炭素がいくつってことが結論に影響を与えるのか?」


藤村 「いや、厳密に言うと成分だけではなく、この宇宙を取り巻く全ての森羅万象が話の結論に影響を与える可能性を持っているけど」


吉川 「そうかもしれないけど、森羅万象よりもお前のリアクションとか、俺の気分とかそういうものの方が与える影響が大きいわけだろ?」


藤村 「いや、厳密に言うとお前の話はいつもつまらないから、俺がどんなすごいリアクションをしても話の内容に影響を与えることはないと思う」


吉川 「急に鋭利な感じで突き刺してくるのやめろよ! 前からそう思ってたのかよ。本音を厳密で包装して差し出してくるんじゃねーよ!」


藤村 「いや、厳密に言えば会って二度目の会話からつまらないとは実感してたけど」


吉川 「二度目から。もう結構付き合いが長いのに二度目から! むしろ今までよくその感じで付き合ってこれたな!」


藤村 「いや、厳密に言うと別にお前の冗長な話は嫌いじゃないし、たまにそういうとりとめのない話を聞くのも悪くないと思ってるけど」


吉川 「おいおい、なんだよ。そういう角度から来る? こっちの情緒をかき乱すなよ! まぁ、俺だってお前のこと友達だとは思ってるけど」


藤村 「いや、厳密に言うと、よく会う知り合いくらい」


吉川 「なんなんだよ! お前友達いないだろ!」


藤村 「……いなくはないけど」


吉川 「そこ、厳密じゃないのかよ!」




暗転

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