一言

藤村 「監督、完成おめでとうございます。ズバリこの映画を一言でいうとどういうものになりますか?」


吉川 「一言でですか? えーとなかなか難しいんですが、強いて言うなら、家族の関係と社会の関わり、そして人間の底力みたいなものですかね」


藤村 「それを一言でいうと?」


吉川 「え、これを?」


藤村 「はい。なんか今、五六言くらい言われちゃったので」


吉川 「そうかもしれないですけど、だいたい一言ってこんな感じで」


藤村 「記事の見出しに使いたいんでズバッと一言でお願いします」


吉川 「それ考えるのがあなたの仕事じゃないの?」


藤村 「一言でいうと仕事ってことですか?」


吉川 「いやいや、違う。あなたの仕事でしょ?」


藤村 「つまりそれは私の仕事を一言で言ったわけですか?」


吉川 「うん、まぁそうだな。あなたの仕事はそういうことだから」


藤村 「その感じで一言でお願いします」


吉川 「なんだよ、その感じって」


藤村 「私の仕事は私がわかってるんで。映画の方を一言でお願いします」


吉川 「折れないやつだな。あなたはどう思ったの? 試写で見て」


藤村 「すみません。ネタバレになりますんで」


吉川 「誰に遠慮してんだよ! 知ってるんだよ、ネタは。自分で創ってるんだから」


藤村 「あんまりちょっとよくわからなかったんで」


吉川 「わからなかったの? 面白くなかったってこと?」


藤村 「面白いは面白かったです。ただ扱ってる題材がセンシティブな分だけ迂闊なこと言っちゃいけないかなと思って」


吉川 「確かに現実の社会問題でもあるから難しいんだけど、なにか言い方あるだろ」


藤村 「バカはもっと惨めにやられて欲しかったんですが」


吉川 「迂闊だな! 迂闊なことを言うなー。思った以上に。君はあんまり言わない方がいいな確かに」


藤村 「あいつ殺しちゃっても良かったんじゃないですか?」


吉川 「なかなか思ってても言えないけどな、そんなこと。センシティブさの欠片もない発言」


藤村 「面白いは面白かったです」


吉川 「だからそれを一言でまとめればいいんじゃない? あなたなりの言葉で」


藤村 「どこがって言われるともう忘れかけてるんですけど」


吉川 「忘れかけてるのか。記事にするってわかってるんだからもうちょっと集中したら良かったんじゃない?」


藤村 「あのコンプライアンスのところが面白かったです」


吉川 「どこだよ、コンプライアンスのところって! コンプライアンスのところは別に面白い場所じゃないだろ。面白さを提供しづらい場所になりがちなんだから」


藤村 「それを一言でお願いします」


吉川 「頑なにお願いしてくるな。あなたはどう感じたの!」


藤村 「感じはしなかったです」


吉川 「感じろよ! 何かを感じろよ! 別に嫌いなら嫌いで感じる何かはあるだろ! 映画じゃなくても生きてれば何かは感じるんだから」


藤村 「椅子の硬さ、ですかね?」


吉川 「それ以外だよ! もう椅子の硬さ出されたら映画監督は何もできないよ。設備以外のことを感じておけよ」


藤村 「仕事面倒くさいなぁってことですかね」


吉川 「そう思ってただろうな! その態度は。この後インタビューも面倒だなって思いながら試写見てただろ?」


藤村 「面白いは面白かったです」


吉川 「あんまり救いにならないな、それ。まぁそんな態度で見た客を楽しませられたのはよかったけど」


藤村 「あ、2時間半もあるのに意外とすぐだなって感じました」


吉川 「あ、それは嬉しい感想だ。どうしても表現にはあの時間必要だったから」


藤村 「これが終わったらインタビューかと思ってたらあっという間で」


吉川 「嫌な時間が待ち構えてるから? なんか来ちゃうなって? それ映画の内容関係ないんじゃないの?」


藤村 「監督はインタビュー面倒くさいなって感じませんでした?」


吉川 「共感を求めるなよ。私と君とじゃ立場も違うのに」


藤村 「ではそろそろ一言でお願いします」


吉川 「今までの流れを繋ぎみたいに言うなよ」


藤村 「ないですか? 一言もないですか?」


吉川 「一言で言うとか。一言でいうと、もうこれは愛だよ。愛!」


藤村 「愛ですか。そんな一言で言えることをなんで2時間半もかけて映画にしたんですか?」


吉川 「カウンターで仕留めようと待ってたわけ?」



暗転

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