創られた記憶

藤村 「そんなはずはない! わ、私は確かに!」


吉川 「落ち着いてください、藤村さん。ではあなたは1年前、どこにいましたか?」


藤村 「1年前は丁度旅行に。そう、ハワイです! ハワイに家族で行きました!」


吉川 「でもね藤村さん、あなたのパスポートにはこの2年間、出国記録が一度もないんです」


藤村 「そ、そんな……」


吉川 「ハワイに行った、その記憶だけが不自然に存在している」


藤村 「パ、パスポートの方になにか不備が! そっちが捏造されたんじゃないですか?」


吉川 「藤村さん、ハワイには誰と行ったとおっしゃいましたか?」


藤村 「家族です。家内と娘。本当なんです」


吉川 「調べたところ、こちらの女性とお嬢さん。確かに存在します」


藤村 「ほら! ちゃんと聞いてみてください!」


吉川 「ですがこの女性、藤村さんとは挨拶を交わす程度で何をしている人かも知らないと、こうおっしゃってるんです」


藤村 「まさか……」


吉川 「どうやら捏造された記憶があなたの脳に上書きされている。なにか強力な催眠か、それともご自身で強くそう願った末か」


藤村 「そんなわけない! だってハワイで! 娘は飛行機を怖がっていて! 着いたら現地は暑くて! 面倒な事務作業はこのアプリ一本で! いろんなお店あるのに迷った挙げ句にマクドナルドに入っちゃったりして! ホテルから見える夜景は最高だったし!」


吉川 「えっと、なんでしょうか? 途中で何か、もう一度いいですか?」


藤村 「娘は飛行機を怖がってたんです。で、ハワイは暑くて上着は邪魔になって。面倒な事務作業はこのアプリ一本で。ハワイ料理を食べようとしたけど食べ慣れないものよりマクドナルドがいいってことになって。娘が早く寝たので夜景を家内と二人で観て」


吉川 「あの、面倒な事務作業はこのアプリ一本で。ってなんですか?」


藤村 「え?」


吉川 「なんか、ハワイのエピソードの中に不自然な」


藤村 「なんだろ? 5秒経って右下クリックしたら飛ばせたんで」


吉川 「広告じゃないですか、それ?」


藤村 「広告ですね」


吉川 「捏造された記憶はともかく、広告まで入っちゃってますけど」


藤村 「それも込みで思い出なんで」


吉川 「いやいや、広告込みで思い出ってことはないでしょ。自分の記憶じゃないという証拠じゃないですか」


藤村 「たまたまじゃないですか?」


吉川 「たまたま何? そんなたまたまを見たことないよ。人生で途中に広告入っちゃうことある?」


藤村 「私に言われても困りますよ! 入っちゃってるんだから」


吉川 「なんか、記憶の捏造するのに無料版だったのかな? そんなシステムになってるの?」


藤村 「わかりませんよ。信じられません! 私は自分自身で生きてきました。この足で歩いてきたんです。はっきり言って楽な人生じゃなかった。母子家庭で貧しかったし、勉強だって得意じゃなかった。就職した会社は今で言えばブラック企業でしたが、それでも賢明に勤めました。だけど自分の力の及ばないところで会社は倒産し。便秘でお悩みの方もまずは一日三回、特定保健用食品に指定されています。いわゆるロストジェネレーションですから再就職も難しかった。だけど人から後ろ指さされるようなことは一切していません!」


吉川 「……便秘で悩んでたんですか?」


藤村 「便秘? いや、胃腸は丈夫ですし。そんな覚えは……」


吉川 「やっぱり広告。入ってます。途中に」


藤村 「まさか。だってあの会社は倒産したんですよ?」


吉川 「会社のところじゃなくて。全然人生と関係ない特定保健用食品が入ってたから」


藤村 「私のこの記憶は! 人生は! 創られたものだったということですか?」


吉川 「そうですね。広告まで入っちゃってるし。普通そこは入らないと思うけど」


藤村 「なんてこった! こんなクソみたいな人生。だけど自分の人生だからと歯を食いしばって生きてきたのに! そんなんだったら死んでやる!」


吉川 「藤村さん! 落ち着いて!」


藤村 「グゥウ! 死んでやるぅ!」


吉川 「誰か! 誰か来てください!」


藤村 「あぁ……。走馬灯が。小さい頃に住んでた街! 初めて自分で買ったゲーム! 好きだった子と一緒に帰った時! SSRをダブルで引いた瞬間! 声優さんに個別のリプもらったこともあった! あぁ、もう目が霞んできた。そんなあなたにピッタリの保険があるんです!」


吉川 「よりによって丁度いい広告入っちゃったな!」



暗転

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