覚えて

藤村 「では、ここからカードを一枚引いてください」


吉川 「はい」


藤村 「そのカードを覚えておいてくださいね。そしてまた元に戻してください」


吉川 「どこでもいいですか?」


藤村 「好きなところに差し込んでください」


吉川 「はい」


藤村 「大丈夫ですか? まだ覚えてます?」


吉川 「覚えてると思いますけど」


藤村 「結構忘れちゃう人多いんですよ。逆に緊張して忘れちゃうとかもありますし」


吉川 「今のところまだ覚えてます」


藤村 「わかりました。後でそれは伺いますね。では次にサイコロを4つ。確かめてみてください普通のサイコロです」


吉川 「はい。普通のサイコロです」


藤村 「サイコロの目は1~6まで。合計した数字は4から24までの数字が出る可能性があります」


吉川 「はい、合計の数字で」


藤村 「では私から見えないところで一度だけこれを転がして出た数の合計、それを覚えていてください」


吉川 「もういいですか?」


藤村 「はい。ではどうぞ」


吉川 「覚えました」


藤村 「覚えましたか? ではサイコロをしまってください」


吉川 「しまいました」


藤村 「大丈夫ですか? まだ忘れてませんか?」


吉川 「覚えてます」


藤村 「はい。ではですねここからが本番です。今覚えた2つのこと、トランプのカードとサイコロで出た目」


吉川 「はい」


藤村 「それを頭に思い浮かべながら、このダーツを地図に向かって投げてください」


吉川 「地図に。この地図に?」


藤村 「はい」


吉川 「ちょっと離れた方がいいですかね?」


藤村 「ちゃんと当たるように」


吉川 「では投げます。はい、当たりました!」


藤村 「その住所! よく見てください」


吉川 「ええと、はい。……で?」


藤村 「覚えてください」


吉川 「え? これも? 今のは答えのターンじゃないの?」


藤村 「覚えてください。何丁目の何番地か」


吉川 「これを? 覚えるんですか?」


藤村 「覚えましたか?」


吉川 「いや、覚えるのがちょっと多いな」


藤村 「最初の2つはまだ覚えてますよね?」


吉川 「覚えてますけど、どんどん頭のメモリーが消費されてく」


藤村 「虫を殺して大化の改新。645年」


吉川 「なんですか、急に?」


藤村 「これは覚えておかないでください」


吉川 「覚えておかないで? 覚えないバージョンもあるの?」


藤村 「あります。絶対に覚えておかないでください」


吉川 「じゃあ言わないでよ。なんで覚えておかない年号を言ったの?」


藤村 「まさか覚えちゃいました?」


吉川 「言われたあとに覚えないって言われても」


藤村 「最初の3つは覚えてます?」


吉川 「覚えてますけど」


藤村 「あ、ちょっと失礼。電話が……。『またその話か。もういいよ、あんなやつ消しちゃえよ。いや、マジック的にじゃなくて生物学的に。事後処理はなんとかするよ。わかったな? もう掛けてくるなよ』どうもすみません、おまたせしました。あ、今の内容は忘れてください」


吉川 「ですよね。忘れた方がいいですよね」


藤村 「お互いの身のためなんで」


吉川 「お互いの。私の方もなんかあるんだ。忘れました」


藤村 「本当に忘れました?」


吉川 「忘れるっていうか、その聞いてなかった感じで」


藤村 「2番めの数字は覚えてます?」


吉川 「覚えてます。ちゃんと」


藤村 「なのに電話の内容は?」


吉川 「カマかけたの? そういうのでくるって思わないから。そっちは忘れてます」


藤村 「大化の改新は?」


吉川 「6……。あ、いや。覚えてないです」


藤村 「本当は覚えてるのに覚えてないふりをしてるんでは?」


吉川 「たとえそうだったとしても、それはそれでいいじゃないですか」


藤村 「あ、覚えてるんだ。やっぱり?」


吉川 「すみません。なんか最初の方の数字とか忘れてきちゃった。もう色々ありすぎて」


藤村 「では最後にこれだけ覚えておいてください」


吉川 「また覚えるんですか!? もう無理ですよ」


藤村 「私、人体消失マジックが得意なんですよ」


吉川 「あ、はい。それは忘れないですっ!」



暗転

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