申し訳

吉川 「この度は大変申し訳ございませんでした!」


藤村 「いやいや、そんな勢いで謝るほどのことじゃないでしょ。だってキミは悪くないわけでしょ?」


吉川 「いいえ。こちらとしても責任がありますので」


藤村 「そうは言うけど、実際に世界の流通は滞っているし、原価や諸経費も上がってる。苦しいのはみんな一緒だしキミのところだけが悪いというわけではないよ」


吉川 「そう言っていただけるとありがたいのですが」


藤村 「そもそもそんな自分の責任と関係ないところでよくそこまで謝れるね」


吉川 「ですが御社とこれからも関係を続けていくにあたり、せめてもの謝罪の意をと思いまして」


藤村 「本当にキミのせいじゃないでしょ。世界がもうこうなっちゃってるんだから。正直この件に関しては申し訳あると思わない?」


吉川 「申し訳……ある?」


藤村 「ないことはないよね?」


吉川 「いえ、申し訳ない気持ちはあります」


藤村 「そのさ、あるかないかの0か1かのデジタルな感じじゃなくてさ、申し訳のレベルがあるわけじゃない? ないって言っても0のないとマイナス100のないじゃ全然違うわけでしょ?」


吉川 「え、どういうことですか?」


藤村 「申し訳なさにも強度があるでしょ。例えば仕事で上司から謝ってこいと言われて、ある意味パフォーマンスとしてやった申し訳ないが今のやつじゃない?」


吉川 「いや、パフォーマンスなどではなく本心から」


藤村 「そういうのいいから。本心でそんなことする人はいないんだよ。キミ個人の謝罪じゃないんだから。それはキミが仕事に熱心に取り組んでるということで悪いことじゃない」


吉川 「はぁ」


藤村 「じゃあ、エレベーターでついオナラをしちゃった時の申し訳はどんな感じなの?」


吉川 「え」


藤村 「エレベーターでオナラしちゃった。二人きりで。密室ね」


吉川 「それが」


藤村 「ちょっとやってみてくれない? その時の申し訳を」


吉川 「今ですか? 今ここで?」


藤村 「その申し訳がどのくらいか見ておきたい」


吉川 「いや、あの。それはちょっと」


藤村 「あっそ。じゃあさっきの謝罪も受け入れないけど?」


吉川 「そんな。わかりました。えっと、エレベーターでオナラをした時ですね。こうプッとして。あ、申し訳ないです」


藤村 「なるほどなるほど。そのくらいね。申し訳あるよね、それは。申し訳10くらいない?」


吉川 「言ってる意味がよくわからないんですが」


藤村 「合コンで大きめにツッコもうと思ったら肘にグラスが当たってこぼれちゃって女の子のにドリンクがかかっちゃった時の申し訳は?」


吉川 「えーと。うわっ、申し訳ないっ!」


藤村 「結構ないね。申し訳マイナス20くらいは出たんじゃない?」


吉川 「何の数値なんですか?」


藤村 「次はプリウスで民家に突っ込んじゃって塀を崩してしまった時の申し訳」


吉川 「申し訳ありませんでした……」


藤村 「ないねぇ! 今までで一番ないよ。申し訳マイナス280はいってるんじゃない? 普通その悲壮感でないから」


吉川 「いってました?」


藤村 「今日イチ出たね。じゃあ、起きたらホテルで隣に女上司が裸で寝てて、なんか腕とか胸に爪を立てられた赤い筋が残ってて、記憶を思い返そうとしている時に目を覚ました女上司と目があった時の申し訳」


吉川 「いや、そういう状況はないです」


藤村 「それはわかってるよ。じゃあ、プリウスで突っ込むのか? ないだろ? ないけど、ないなりに申し訳してくれよ」


吉川 「あ、はい。も、も、申し訳ありませんでしたっ!」


藤村 「勢いでいく感じかぁ。それでいける?」


吉川 「いけるかどうかはわからないです」


藤村 「意外とあれだよね。勢い系って内心は申し訳ある場合が多いよね」


吉川 「そうですかね」


藤村 「申し訳あったように思えるな。お互い様だし、こっちだって不本意だよって気持ちが溢れてた。申し訳60ってところかな」


吉川 「バレました?」


藤村 「それは申し訳あったわ。じゃあ流通の混乱で納入期限が大幅に遅れた時の申し訳」


吉川 「この度は大変申し訳ございませんでした。これ最初のやつじゃないですか」


藤村 「そう言うのを謝罪の一言ですませようという姿勢はどうかと思うけどね。御社との契約も考えさせてもらうよ」


吉川 「いえ、そんな! 申し訳、ありませんでした!」


藤村 「パフォーマンス重視だな。申し訳15っところだろ」


吉川 「わかりました?」



暗転

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