悪い癖

吉川 「そうやって何でも後回しにするの、キミの悪い癖だぞ」


藤村 「はい。ですが……」


吉川 「なんだね?」


藤村 「私は家に帰るとすぐに靴下を脱いで裏表を直して洗濯かごに入れるようにしてます」


吉川 「……? それがなにか?」


藤村 「これは実家にいた頃から母に言われて習慣になっていたことで、一人暮らしをするようになってもそうしないと気持ち悪く感じるようになりました」


吉川 「だからなんなんだね」


藤村 「私の良い癖です」


吉川 「は?」


藤村 「後回しにしがちなのは私の悪い癖ですけど、靴下をすぐに洗濯かごに入れるのは良い癖なので」


吉川 「いや、関係なさすぎだろ。良い癖を言われたからって相殺されるものじゃないんだよ」


藤村 「違うんですか?」


吉川 「あわよくばチャラになると思ってた!? 仕事だから。仕事の上での注意なんだよ」


藤村 「でしたら、私はどんな些末な仕事でも名前をつけるようにしてます。名前が付けばそれはタスクになりますし、きちんと済ませるモチベーションも上がります。また引き継ぎなどが発生した際にも進捗を伝えやすくなるというメリットがあります」


吉川 「急に何だ? 別にそんな話は今してないだろ」


藤村 「仕事をする上での私の良い癖ですが?」


吉川 「良い癖! 良い癖のアピールだったの? されても困るよ、ここで。人事の面談じゃないんだから」


藤村 「でもそういう良い癖もありますので」


吉川 「相殺されないんだよ。悪い癖は良い癖で相殺されないの」


藤村 「いいえ、相殺というより、もう良い癖は2個出てますので今は私を褒める段階だと思いますが」


吉川 「ひっくり返したの? 注意をする時間を褒める時間に? 返らないだろ。そういうことじゃないから」


藤村 「でも良い癖だと思いませんか?」


吉川 「いや、良い癖かもしれないけども。後回しにしたせいで他の部署に迷惑がかかってる事を注意してるんだよ。それも今回が初めてじゃないから」


藤村 「それはもう私の悪い癖です」


吉川 「そもそも癖にするなよって話なんだよ」


藤村 「お言葉ですが、吉川さんは癖が一つもないんですか?」


吉川 「こういう仕事に影響するようなものはないよ」


藤村 「でも他部署の社員ですが、吉川さんの語尾が上がるところが気持ち悪いって言ってましたよ?」


吉川 「なにそれ。初耳だけど。そんなこと言われてたの?」


藤村 「これは悪い癖じゃないですかぁ?」


吉川 「それはしょうがないだろ。悪いか? 癖かもしれないけど、そういうものだから」


藤村 「良い癖ですか? 気持ち悪がられてるのに」


吉川 「ちょっと、誰だよ。それを言ったの」


藤村 「それはまぁ言えませんけど。悪い癖なんじゃないですか?」


吉川 「悪い癖ってそういうことなの? キミの後回しにする悪い癖と同じ? 違うよね?」


藤村 「でも癖なんてないって言ったくせに、あるじゃないですか。悪い癖が」


吉川 「そういう風に言われたら、もうなんとも言えないけども」


藤村 「でもこの間の会議の時の『たまたま貯まったままになっておりまして』という発言は良かったです。ああいう虚を突くようなダジャレは吉川さんの良い癖ですね」


吉川 「狙ってないんだよ。社長にもあのあと言われてメチャクチャ恥ずかしかったんだから」


藤村 「そういう良い癖もあるんで、大丈夫です」


吉川 「何が大丈夫なんだよ。良い癖だと自覚もしてないよ、あのダジャレは。それで俺の語尾がなんか気持ち悪いっていうのは許されたの?」


藤村 「プラマイゼロですかね」


吉川 「キミが言ってるだけだろ。そうじゃなくて、キミが物事を後回しにして連絡が遅れることを言ってるんだよ」


藤村 「出た! 私の悪い癖。こればっかりはもう悪いなぁ」


吉川 「全然反省してないじゃない。ちょっと誇らしげなのなんなんだよ」


藤村 「では私のターンですが、とっておきの良い癖がありましてね」


吉川 「そういうシステムでやってないんだよ!」



暗転

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