激励

藤村 「いいですか? 優れたビジネスパーソンはすべてモチベーションなんかには頼っていないのです。やりたいからやる、ではなく、やると決めたからやる」


吉川 「そんなこと言われても」


藤村 「そうやってまず言い訳から考えてしまう思考がよくない。言い訳も、段取りを考えるのも、あなたの脳を働かせるための行為。それなら物事を進めることにそのエネルギーを注ぎましょう!」


吉川 「はぁ」


藤村 「この複雑な時代を生き抜くためには、迷うよりも実行。そして素早い修正。最初から正解を引き当てようなんて思わずに、まず行動することなんです」


吉川 「でももうお腹いっぱいなんで」


藤村 「こうしている間にもライバルたちはチャレンジをし続けているんですよ? さぁ!」


吉川 「あの、ここ。わんこそば屋ですよね?」


藤村 「ですよ」


吉川 「なんかそういう激励されると思ってなかったんですが」


藤村 「現代のビジネスでは場所にとらわれない思考が重要なんです。どんな時でもビジネスチャンスは転がっている」


吉川 「別にビジネスしに来たわけじゃないんですが」


藤村 「残念ですが、捕食者側に回らなければ狩られるを待つ獲物になってしまいます。その意識の改革こそ真っ先にすべきなんです」


吉川 「いや、でももうお腹いっぱいだから」


藤村 「食うか食われるかの時代、このままではわんこそばに食べられてしまいますよ?」


吉川 「そうはならないでしょ? その逆転はおかしいよ」


藤村 「ではこちらの資料を御覧ください」


吉川 「資料! わんこそばを食べてるのに!?」


藤村 「こちらの図にある通り、30代の男性の平均わんこそばは80杯となっております」


吉川 「わんこそば食べながらパワーポイント見せられることってあるんだ」


藤村 「そして続いて写真はデブのくせに70杯しか食べられなかったやつです」


吉川 「デブのくせにって言うなよ! 見た目は関係ないだろ」


藤村 「そしてこちらがそば粉を一生懸命育ててくれた生産者さんたちです」


吉川 「何のプレゼンなの? それを見せられてどうなるの?」


藤村 「これでも食べられませんか?」


吉川 「これでもって、別に感情の面で問題があって食べないわけじゃないんだよ。お腹がいっぱいなんだよ」


藤村 「そこでこういうものを用意いたしました。こちら、バーベキューソース。これで味変をすればリセットされてまた新たな気持ちで食べられるという統計が出てます」


吉川 「そばに!? わんこそばにバーベキューソース? やったことないからわからないけど、もうそれはそばじゃないんじゃない?」


藤村 「こちらのアジェンダによると90杯までが計画されており、現在の進捗はわずかに遅れが出ております」


吉川 「なんだよ、アジェンダって。わんこそば屋で聞く言葉じゃないだろ」


藤村 「この味変アジェンダで頑張ってあと10杯」


吉川 「味変のことをアジェンダって言ってるの? 意味全然違くない?」


藤村 「これは実体験なのですが、85杯を超えたところから見える景色が変わってきますよ。ここまで来てそれを目指さないというのは投資だけして回収しないようなもの」


吉川 「胃の容量は人それぞれだろ。丁度いいところで終わりたいんだよ。これ以上は気持ち悪くなっちゃう」


藤村 「人がやらないところまで突き詰めなければ、飛び出すことはできないんです。ビジネスパーソンとして一歩抜きん出る、その一歩こそが何より大事なのです」


吉川 「ビジネスパーソンじゃないんだよ。わんこそばの客なんだよ」


藤村 「常に頭の片隅にリスクとリターンを想定してなければ、どんなスタートアップも失敗に終わってしまいます。さぁ、今こそリスクをとる時です!」


吉川 「わんこそばを食べることをリスクって言ってるの? もうその時点でおかしいんだよ」


藤村 「まだいけます。あと1杯!」


吉川 「……うぷっ」


藤村 「あ、通路突き当たって右側がトイレになりますので、リターンはそちらで」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る