魚心

吉川 「確かに御社の言うことはわかるのですが、こちらもなかなか難しい状況で即断即決というわけにはいきませんな」


藤村 「でもこの契約が決まらければ弊社の体力はもうもちません」


吉川 「だからほら、そこはなんというか。魚心あれば水心ということもありますわな?」


藤村 「ま、まさか!」


吉川 「いやいや、皆までは言いませんがね。私が御社のことを推せば九分九厘決まるでしょう」


藤村 「それはつまり……」


吉川 「まぁ、無理と言うならこの話はなかったということで」


藤村 「一緒に釣りに行こうという誘いですか?」


吉川 「なんでぇ?」


藤村 「その、魚心あれば水心と言われてはもう釣りのことしか考えられない」


吉川 「そのまま言葉通りじゃないんだよ。慣用表現であるじゃない?」


藤村 「つまり、一緒に大物を釣り上げようぜ、という?」


吉川 「急にそんな誘いはしないでしょ。松方弘樹じゃないんだから」


藤村 「あの、申し訳ありません。察しが悪いもので」


吉川 「私の口からはこれ以上は言えないよ。でもまぁ、わかるよね?」


藤村 「川よりも海ってことですか?」


吉川 「釣り!? 釣りにこだわってるな。釣りの話をしてるわけじゃないんだよ」


藤村 「ひょっとして……」


吉川 「そうだよ。わかるだろ?」


藤村 「BBQですか?」


吉川 「アウトドア志向だな! このトーンでBBQを匂わせる人いる? そんな健全なものならもっと元気良く誘うよ」


藤村 「あ! ということは……」


吉川 「そう!」


藤村 「バンジージャンプ?」


吉川 「なんで? なんで活発なアクティビティの誘いをかけてるの? バンジージャンプを楽しんだ折には御社のことはよくしておくよ、なんて会話仕事ですると思う?」


藤村 「よかったぁ。高いところ苦手なもので。バンジーじゃなくて助かりました」


吉川 「バンジーじゃなくて助かってよかったな。そうじゃないだろ! 私の気持ちがよくなるような計らいっていう意味はわかってるよね?」


藤村 「そうなると釣りしか……」


吉川 「釣り一択なの? 逆になんでそこまで釣りに自信あるの?」


藤村 「釣りはめちゃくちゃ楽しいので」


吉川 「いや、それはあなたにとってでしょ。私はやったことなもの」


藤村 「なら好都合です! むしろそういう人にこそ試してもらいたいですから」


吉川 「レジャーのお誘いが強いな。全然そういうことじゃない。釣りで契約が決まることなんてないんだよ」


藤村 「じゃあなんなんですか? もう何もわからないです」


吉川 「本当にわからない? 私の一存なんだよ? あるでしょ」


藤村 「ヒント! ヒントください」


吉川 「ヒントを言わせるなよ。ほら、あるだろ。懐に、なにか」


藤村 「懐……。ホッカイロ? 北海道! ワカサギ釣り!?」


吉川 「違うよ。連想ゲームじゃないよ。ちょっと目を話すと連想で釣りにつなげるな」


藤村 「皆目見当がつきません」


吉川 「つけよ。あのさ。私が個人的に得をするように取り計るということを考えたことはないかね?」


藤村 「あー! なるほど! つまりそういう」


吉川 「私が言ったのはナシね! あくまで内密なことで」


藤村 「つまり初心者だからたくさん釣れるように手配してくれってことですね?」


吉川 「違う。何でわかった顔したの? なにもわかってないじゃん。釣りのことじゃないんだよ。釣りから離れろよ」


藤村 「……投網?」


吉川 「網じゃねえよ! なんでそんなに海産物を捕りたがってるんだよ」


藤村 「ハチャメチャに楽しいからですが?」


吉川 「お前にとっての、じゃなくて。一般的にみんなが好きなものあるだろ!」


藤村 「海苔ですか?」


吉川 「海藻! 地味になってる! 一般的にそんなに好かれてるか? 海苔が! そりゃ、あんまり嫌いって話も聞いたことないけど。金だよ! 金!」


藤村 「か、金?」


吉川 「普通言わないで察するだろうが! なんでこんな直で言わせてるんだよ!」


藤村 「あの、全部録音してあるんですが」


吉川 「はっ!? ということは、この私が釣られたということか!?」


藤村 「で、これからの季節ならアオリイカなんかもいいんですよ!」


吉川 「そういうわけでもないのかよ!」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る