三拍子

藤村 「なにせ笹咲選手は、走攻汁三拍子揃った選手ですからね」


吉川 「はい。走攻守。ですね」


藤村 「守備は下手ですよ。走攻汁です」


吉川 「走攻汁? 汁ってなんですか?」


藤村 「ほら、笹咲選手は練習終わったあといつもユニフォームがビッチョビチョになってるから」


吉川 「汗ですよね、それは」


藤村 「いやぁ、汗かなぁ? 汗だけであんなになります?」


吉川 「見たことないからわからないですけど。逆に汁ってなんの汁ですか?」


藤村 「え、言ってもいいんですか?」


吉川 「あぁ、やめてください。言わなくて結構です」


藤村 「笹咲選手と言えば汁っていうのはプロになる前から定評がありましたから」


吉川 「汁で? 汁がなにか評価基準になるってことあるんですか?」


藤村 「ほら、芋煮にこだわりのある地域出身ですし」


吉川 「関係あります?」


藤村 「前に何かで聞いたんですが、高校時代にお弁当をNASAで開発された高性能な保温バッグに入れてたそうなんです。ただ笹咲選手のお弁当だけ汁が漏れてビッタビタになってたそうですよ?」


吉川 「お弁当の汁物。なんですか、そのエピソード。同窓会の懐かしトークじゃないんだから」


藤村 「元々実直な選手ですからね。練習は欠かしませんし、やっと結果がついてきたという感じですかね」


吉川 「汁のくだりは結果と何の関係もないと思いますけど」


藤村 「チームメイトからの信任も厚いようですね」


吉川 「学生時代はキャプテンも務めておりました。恩師である高校時代の監督も笹咲選手は誰よりも礼儀正しく率先して動いていったと語っております」


藤村 「まさに仁義礼智汁かねそろえた選手ですね」


吉川 「汁! また汁! 他のは全部メンタル要素なのに汁だけ物理! 汁があって偉いなってなることないでしょ」


藤村 「でもパッサパサよりもよくないですか?」


吉川 「物によるでしょ。パッサパサの方がいいやつだってありますよ。ただ人の評価に汁はない!」


藤村 「フレッシュでみずみずしいアイドルとか」


吉川 「たとえそういうアイドルを褒めるとしても『汁がいいね』ってならないでしょ。なんか異常に気色悪い。視点が」


藤村 「そこまで言うならわかりました。笹咲選手は走攻汁、三拍子揃ってない凡庸な選手ということで」


吉川 「いや、別に悪口を言ってるわけでもないんです。というかそもそも汁は褒め言葉なんですか?」


藤村 「汁ってだいたい美味いじゃないですか」


吉川 「だいたいの適用範囲が広すぎる! 美味くない汁も結構あると思いますけど。無理に汁を入れなくても他に褒める所ありそうですが」


藤村 「じゃあなに? どんな三拍子揃ってるの?」


吉川 「いや、別に三拍子にたとえなきゃダメですか?」


藤村 「あなた私の提案した三拍子を否定したんだから、それなりに三拍子で返してくるのが筋じゃないんですか?」


吉川 「そんな筋があるとは思いませんでした。えーと、心技体とかどうですか?」


藤村 「それを言うなら普通は汁技体じゃないの?」


吉川 「なんで汁基準になってるんですか。そんな言葉ないですよ」


藤村 「こういうのはどう? けんちん汁三拍子揃ってるっていうの」


吉川 「それはただの美味しい汁でしょ。ちんてなんですか!?」


藤村 「言っていいの?」


吉川 「絶対言っちゃダメだよ。何を言おうとしてるの。そんな褒め方ないんだから」


藤村 「とにかく笹咲選手は三拍子揃いまくってるわけです!」


吉川 「色々な長所があり、それだけ良い選手ということですね」


藤村 「そういうこと! ちんもすごい!」


吉川 「ちんだけにフォーカス当てないでくださいよ。走とか攻にしてください」


藤村 「まぁ、具体的にどのくらいすごいかっていうのはもう長くなるのでこのあと飲みながらでもね」


吉川 「もう打ち上げの話に移行してるの? 気が早い」


藤村 「紹興酒揃ってるから」


吉川 「三拍子じゃないですよ、それは」



暗転

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