それだけは!

藤村 「頼む、それだけはやめてくれ! それ以外なら何でもする!」


吉川 「そんなことを言われてもねぇ」


藤村 「お願いだ! どんなことでもするからそれだけは!」


吉川 「本当にどんなことでもするのか?」


藤村 「もちろん!」


吉川 「たとえその手を汚すことになってもか?」


藤村 「オイル交換とかですか?」


吉川 「それはガソリンスタンドでやってもらうよ。別に油汚れって意味じゃない。わかるだろ」


藤村 「トイレ掃除とか?」


吉川 「違うよ! 犯罪ってことだよ。手を汚すって言うだろ」


藤村 「そんなことでいいんですか?」


吉川 「そんなことって思ってるの? 犯罪だよ? いいのか、人生台無しになるぞ?」


藤村 「全然。余裕です。盗みですか? 殺し? 詐欺?」


吉川 「なんでちょっと乗り気なんだよ! 本当にいいのか? 後戻りはできないぞ」


藤村 「どんなことでもするつもりでしたから」


吉川 「そこまでなのか。そんなにこれは嫌なの?」


藤村 「それだけは勘弁してください。どんなことでも!」


吉川 「殺しより? 人の命だよ?」


藤村 「全然そっちは余裕です。何人ですか?」


吉川 「余裕なんだ。さすがに複数は頼まないけど」


藤村 「どんなことでもしますんで!」


吉川 「怖いもの知らずの野心的な鉄砲玉みたいだな」


藤村 「さぁ、他にどんなことをすればいいんですか?」


吉川 「食い気味で聞いてくるな。今は別に他にはないけど」


藤村 「なんでもしますから。いつでも言ってください。ただしそれだけは!」


吉川 「本当になんでもする気なんだ。例えば裸で街を一周しろとかでも?」


藤村 「今ですか? もういいですよ。ただ裸足だと足の裏がズタズタになるんで靴はいいですか?」


吉川 「手際よくタスクを処理しようとしてるなー。もはや無理難題みたいな感じすらない」


藤村 「そのくらいなら全然。他には?」


吉川 「なんで乗り気なんだよ。ないよ、このご時世は警察の目も厳しいんだから」


藤村 「警察……潰しますか?」


吉川 「潰しますか、って潰せないだろ! 警察は」


藤村 「すぐとは言えませんけど、時間を貰えれば多少はなんとかできると思いますよ?」


吉川 「多少なんとかできちゃうの!? 国の行政機関を? どんな力を持ってるんだよ」


藤村 「まぁ、金もそれなりに掛かりますがいずれしなきゃならないことではあったので」


吉川 「何者なんだよ。反社組織とかそういう問題ですらないじゃん。なんでそんなやつが」


藤村 「ですからどうかそれだけは……」


吉川 「それだけの力を持っておきながらなんでビビってるの? そのバランスの悪さにこっちがビビるよ」


藤村 「あとは何を? 金ですか?」


吉川 「そりゃ、金はあるに越したことはないが」


藤村 「いや、そうとも言えませんね。一箇所に貯めておくのは得策ではない。重要なのは金を集めるフローです。そういった経済的な要所を責めなければいけません。なぁに、いくつか手はあります」


吉川 「やり手! 圧倒的な強者感。どう考えても俺より知恵も権力もあるのに」


藤村 「どうか、それだけは!」


吉川 「なんで異常なほど弱みがあるんだよ。その一点で大逆転されるのおかしすぎだろ」


藤村 「さぁ、他になにを!」


吉川 「もうないよ。それだけの力があったらあらゆる物を手に入れられるだろ。なんか自分の描いてるものがちっぽけに見えてきたよ」


藤村 「いいや、まだです! まだこんなもんじゃ」


吉川 「なんなんだよ。もう暴走列車みたいになってる。こっちが頼んでないのに知らない高みに連れて行かれてしまう!」


藤村 「さぁ、なんなりと!」


吉川 「あの、じゃあちょっと商売敵のようなやつらがいるんですが」


藤村 「わかった。手配しておこう。さぁ次!」


吉川 「ダメだ、時間稼ぎにすらならない」


藤村 「さぁ、なんなりと願いを言いたまえ!」


吉川 「もう神様みたいになってる!」


藤村 「何でも叶えよう、ただどうかそれだけは!」



暗転

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