最悪の事態

藤村 「我が社の立たされている状況は深刻です。最悪の事態をも想定すべきです」


吉川 「そうだな。やっとコロナが落ち着いたというのに、まったく」


藤村 「嘆いてもしかたがないことです。しかしこのまま手をこまねいているというわけにもいかない。ある程度のリスクは覚悟しなければなりません」


吉川 「最悪の事態か。起きずにいてくれたらいいのだが」


藤村 「ちなみにどのような最悪の事態を想定されておりますか?」


吉川 「やはり中国かな。もしすべての取引先がなくなったら業務は停止してしまう。もちろん他の国にも発注を分散させているがいきなりなくなったりしたら対応しきれないだろう」


藤村 「いいえ、違いますね」


吉川 「違う? どういうことだね?」


藤村 「最悪の事態の想定が甘いと言ってるんです」


吉川 「他にもあるか? もちろん世界だけではなく国内の経済状況も見据えないとならないが」


藤村 「例えば、今私がここでうんこ漏らしたとしたらどうですか?」


吉川 「え? なに!?」


藤村 「うんこです。シット」


吉川 「なんで?」


藤村 「それこそが最悪の事態でしょう?」


吉川 「いや、なんでうんこ漏らすの?」


藤村 「別に実際に漏らすわけではありません。ただより最悪の事態を想定するという意味では頭の隅に置いておかなければならないでしょう」


吉川 「意味が全くわからない」


藤村 「最悪の事態なんですよ。うんこを漏らすのは最悪ではないですか?」


吉川 「いや、それは最悪だけど」


藤村 「でしょう?」


吉川 「でしょう、じゃなくてさ。うんこは漏らさなければいいじゃん」


藤村 「ですから、あくまで想定としてです。より最悪なことを想定しなければ」


吉川 「だって世界情勢はどうなるか読めないけど、うんこに関してはあなたがちゃんとすればいいだけじゃない?」


藤村 「私の肛門だって世界経済と同じくらい複雑なんです」


吉川 「複雑とかじゃなくて、するなよ。うんこは」


藤村 「いいですか? ことは一刻を争う、予断のならない状況なんです!」


吉川 「え、なに? どっちが?」


藤村 「我が社の命運は今ここの判断にかかってるといってもいい」


吉川 「まぁ、そうだな」


藤村 「だからこそ最悪の事態を想定して慎重に対処すべきなんです」


吉川 「それはわかってるけど、そっちが変なこと言うから」


藤村 「さらに最悪の事態がそれで終わりになればいいが続くことだってありえます」


吉川 「そうだな。乗り切ればOKというわけではない」


藤村 「私の漏らしたうんこが呼びうんことなって、あなたも漏らすかもしれない」


吉川 「何言ってるの? 呼びうんこってなに? 呼ばないだろ、うんこは。マドハンドかよ」


藤村 「自分は大丈夫と思っていても、目の前でうんこを漏らされると『その手があったか!』と油断してしまうこともあります」


吉川 「ないよ! なんだよ、その手があったかって。うんこを漏らしてる人を見て抱く感想がそれ? もう病院行けよ!」


藤村 「ですから、最悪の最悪です。そこまで想定して初めて決断ができる」


吉川 「その、うんこに関しては想定する分無駄すぎない? 他にも考えることが山ほどあるのに。あなたのうんこはあなたの方で対処してもらわないと」


藤村 「でしたらその言葉、そっくりそのまま中国に言ってください」


吉川 「同列じゃないだろ! そりゃ言えりゃいいけど。もっとこう、優先的に考えることがあるだろ? うんこより」


藤村 「そんなのんびり構えてる暇はないですよ。事態は差し迫ってます」


吉川 「何の話なんだよ! 何が差し迫ってるんだよ!?」


藤村 「ですから最悪の! あっ……」


吉川 「最悪ぅ!」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る