異色

吉川 「実はこちらのパン屋さん。異色の経歴を持つオーナーによって経営されてるそうなんですが。アルバイトの方はご存知でした?」


藤村 「いいえ。知りませんでした。俺はまだ始めたばかりなので。でも言われてみればお客さんからオーナーのことを聞かれたことは何度かあります」


吉川 「そうですか。やっぱり昔からご存知の方の間では噂になっていたりするようです。どうです、異色の経歴を持つオーナーのパン屋さんで働くというのは?」


藤村 「そうですね。俺の方も昔はちょっと別のことをしてたんですけど、オーナーはそういう部分も認めてくれてるのでありがたいです」


吉川 「ちなみにあなたは何の?」


藤村 「あ、受け子です」


吉川 「受け……。はい?」


藤村 「受け子。あの特殊詐欺の」


吉川 「あ……。というわけでですね、異色の経歴を持ってらっしゃるんですが」


藤村 「いや、そんなでもないですよ。よくいます。友達なんかは未だにやってますし」


吉川 「あなたじゃなくて。オーナーの話です。あなたはもう大丈夫です」


藤村 「違います、受け子って言っても段階が色々ありまして……」


吉川 「本当に大丈夫です。ではオーナーに直接お話の方を伺ってみたいと思います!」


藤村 「オーナーちょっと遅れてるので俺が間をもたせますよ」


吉川 「あなたが? 入ったばかりのアルバイトなのに」


藤村 「割と口が上手いんで。怪しまれたことは一回もないです」


吉川 「その怪しまれ関連の話はもう二度としないで欲しいんですけど。オーナーの方なんですが、引退から3年らしいですが。3年前と言いますと覚えてますか?」


藤村 「3年前は中入ってましたね」


吉川 「中!?」


藤村 「院です」


吉川 「流れからして大学院じゃなさそう。でもまぁ、その後は更正されてという話なんですよね?」


藤村 「いやいや、受け子は先月まで」


吉川 「それはもう自白だから! そこの分の罪は償ってないってことになっちゃうから!」


藤村 「さすがに2週間も経てば時効でしょ?」


吉川 「そんな更年期の物忘れみたいな時効はないですよ。少なくとも年単位です」


藤村 「ダメなの、それって?」


吉川 「罪の意識が羽毛の如し! その軽率な感覚が闇バイトで狙われてるんですよ」


藤村 「でもオーナーもそのあたりは理解していてくれていて」


吉川 「そうなってくるとオーナーにも幇助的な罪が加わっちゃう。知らなかったで通したほうが良かった!」


藤村 「これ、どのくらいダメなの?」


吉川 「もう完全にダメです。生中継だし」


藤村 「……あれ? ここってどこですか? いつから俺は? なぜこんな服を?」


吉川 「乗り切れないでしょ、それじゃ。急にだもん。今までかなり饒舌だったのに」


藤村 「……今って西暦何年ですか?」


吉川 「タイム的な要素はないよ。無理だよ。押し切れないよ、それじゃ」


藤村 「とりあえずどいつを殴ればいいんすか? 仲間呼びますよ」


吉川 「解決策がもうアウト! それでは何も解決しない。なぜなら文明社会だから!」


藤村 「えーと、黙秘権ってあるんだよね?」


吉川 「ここまでベラベラ喋っておいて何を黙秘するの? その段階は随分前に通り過ぎたよ」


藤村 「そもそもお前が過去のこと言うのが悪いんじゃねえか? そう言われたら普通は言っちゃうだろ」


吉川 「言っちゃわないと言うか、そんな経歴を持った人がいるなんて想定してないもの」


藤村 「俺バカだからわかんねーけどよ、異色とかそういう色とかで差別するのが一番いけないんじゃねえのかよ!」


吉川 「本当にバカでわかってないな!」



暗転

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