送別

藤村 「えー、では改めまして。今日でこの事業所を離れますが、またこっちの方に出張できた折には無視したりしないでください、なんちゃって」


吉川 「元気でやれよー」


藤村 「皆さんには本当に感謝しています。ここに来る前は期待と不安と、あと面倒くさい気持ちでいっぱいでした」


吉川 「面倒くさい気持ちは言わなくていいんじゃない?」


藤村 「新しいプロジェクトの発足という、先の見えない状態の時も、皆さんのチームワークに助けられ、面倒くさい気持ちも増しました」


吉川 「まぁ、仕事だから。面倒くさいのもわかるけども」


藤村 「そしてプロジェクトが軌道に乗り始めた時、新たなる面倒くさい気持ちも湧き上がってきました」


吉川 「喜びはなかったんだ? やっと軌道に乗ったのに」


藤村 「今までの面倒くささには慣れかけてきたのに、ステージの変わる面倒くささには苦しめられました」


吉川 「気持ちは分からなくはないけど、仕事ってそういうものだから」


藤村 「しかし今だからこそわかるのです。あの時、私だけではなくみんな面倒くさそうだったな、と」


吉川 「いい話風の展開が来るのかと思ったら、みんなうんざりしてる暴露」


藤村 「さらには総務の手続きが増えてまた面倒くさい」


吉川 「総務は総務でそれが仕事だから」


藤村 「そんな中で私はこんな仲間の言葉に救われました」


吉川 「なんだろ? 誰かなんか言った?」


藤村 「今すぐ地球爆発しねえかな」


吉川 「一番面倒くさい時の言葉だ。人類が面倒くさい局面に立って最も負荷がかかった時に溢れ出る魂の叫び」


藤村 「もちろん、地球は爆発しませんでした」


吉川 「そりゃそうだよ。されても困る」


藤村 「正直、転勤を打診された時もやっとこの面倒くささから開放されるという喜びがありました」


吉川 「せっかくの送別会なのに、なんか笑顔で見送る気持ちじゃなくなってきちゃったな」


藤村 「しかしいざ離れるとなってようやく気づくことができました」


吉川 「今までの話は全部振りだったんだ。ここからいい話モードの」


藤村 「引き継ぎが一番面倒くさい!」


吉川 「違った。モード切り替わらなかった。そのまま加速をつけてきた」


藤村 「引き継ぎなんてやるくらいなら転勤の話も受けるんじゃなかったと、どれほど後悔したことか」


吉川 「仕事とか仲間とかじゃなくて、純粋に面倒くささが一番の動機なんだ」


藤村 「そんな私ですが、この営業所に来て、皆さんと一緒に働いて随分変わりました」


吉川 「うん、変わったねぇ」


藤村 「初めは緊張もあって取っ付き難かったと思います。その節はご迷惑をおかけしました」


吉川 「それはお互い様だよ」


藤村 「ただ色々変わりましたが、この面倒くさい気持ちだけは少しも変わってません」


吉川 「頑なに! そこは絶対に譲らないな」


藤村 「この送別会もギリギリまで面倒くさいと思ってました」


吉川 「色々抱えてたんだなぁとは思うけど、言わなくていいことしか言ってない」


藤村 「もう面倒くさすぎて一周回って、面倒くさいと思うこと事態も面倒くさくなってました」


吉川 「転勤の憂鬱でメンタルがやばくなってない?」


藤村 「なので最後の一つだけ、皆さんに伝えたいと思います」


吉川 「ちょっと聞くのも怖いな」


藤村 「人生が一番面倒くさい!」


吉川 「なんか饅頭怖いみたいなオチになってない?」


藤村 「うぅ、もう限界だ……」


吉川 「わかった。一度産業医に相談しに行こう?」




暗転

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