あの頃

吉川 「高校の頃のさ、良子ちゃんて覚えてる?」


藤村 「あぁ、いたなー! あれでしょ? 二軍の子でしょ?」


吉川 「二軍って思ってたの? 女子のランクで?」


藤村 「いや、だって。どう考えても一軍ではなかっただろ。アレが一軍ですって胸張って出てきたらうちのクラスの沽券に関わるよ」


吉川 「随分な言い様だな」


藤村 「違う。俺はクラス全体のことを考えて、誰かがクオリティを管理しなきゃいけないだろ?」


吉川 「なんだよ、クオリティの管理って。別にいらないだろ、そんなの。女子全員に失礼だよ」


藤村 「いいのか? お前はアレが一軍で? 二軍だってかなり下駄を履かせてるぞ? 下手すりゃ三軍だ。でもうちのクラスの軍事力じゃアレでも二軍で出てもらうしかない」


吉川 「別に俺はそんなこと思わなかったけどな」


藤村 「そんなんだから他のクラスになめられてたんだよ」


吉川 「この間会ったんだよ。良子ちゃんと」


藤村 「へぇー。もう10年……、までは行かないか。でも5年以上だよな」


吉川 「変わってなかったよ」


藤村 「ふぅ~ん」


吉川 「でさ、高校時代の話になってさ。実はあの時良子ちゃん、お前のこと好きだったんだって」


藤村 「ちょっと待って。今のところもう一度しっかりと言って」


吉川 「なんだしっかりって」


藤村 「なんか流れで言っちゃってただろ。もっとベテラン俳優の重厚な演技くらいの感じで言って」


吉川 「お前のこと……好きだったんだって」


藤村 「まじかよ。あー、そう? 良子さんが。えー」


吉川 「でもお前は興味なさそうだったもんな。二軍扱いだし」


藤村 「いや! 色気はあった。俺はそこは高く評価してた。多分他の人にはわからない魅力があるなってずっと思ってた」


吉川 「でも二軍て」


藤村 「だからそれは一般論であって。他の人にとっては二軍だったかもしれないけど、俺は言ってみれば秘密兵器みたいな感じで見てたね。ほら、一軍は前線に出て消耗しちゃうから。あえての二軍というか」


吉川 「別にアマゾネスの紛争じゃないんだから軍で戦わないだろ」


藤村 「で、良子さんは今何をしてるって?」


吉川 「主婦だって」


藤村 「主婦かぁ! 主婦ってことは、結構ギリか?」


吉川 「なんだよ、ギリって」


藤村 「確かに一枚守備効果が乗っちゃってるけど、まだなんとかなるレベルかな?」


吉川 「なんだよ、なんとかなるって。お前好きだったの?」


藤村 「今思えば、あれは恋だったのかな」


吉川 「絶対嘘だろ。さっきまで下手すりゃ三軍とか言ってたくせに」


藤村 「わかってないな。そういう下積みの時代から見守ってたからこそ育まれた愛情ってのがあるんだよ」


吉川 「向こうは下積みしてるつもりはまったくないよ。お前が勝手にレッテルを貼っただけだろ」


藤村 「連絡先とか聞いた?」


吉川 「聞いたっていうか、変わってないって」


藤村 「あー、そう! それって結局誰かのために変わってメッセージなわけだよな」


吉川 「どういうこと?」


藤村 「普通変わるだろ? 7年? 8年とかだぞ? 普通は変わるよ。就職もするだろうし」


吉川 「俺も変わってないけど」


藤村 「知るかよ」


吉川 「いや、理屈がおかしいな。別に変わってないやついるだろ。お前は変えたの?」


藤村 「変わってないけど、それはつまりそういうことだよ」


吉川 「どういうことだよ?」


藤村 「どうっていうか、どうにかなるよな?」


吉川 「なんだよ、どうにもならないよ。二軍扱いしてたくせに」


藤村 「確かにそういう厳しい目で見ていた時期もあった。でもそれをバネに頑張って欲しいと期待してたからこその厳しさだったわけで」


吉川 「パワハラで炎上する運動部の顧問みたいなこと言ってるな」


藤村 「あの頃の俺を好きだったってのは事実だから」


吉川 「でももう今は結婚してるんだよ。他の人と。幸せそうだったよ?」


藤村 「幸せかどうかなんて他人が見てわかるもんじゃないよ」


吉川 「幸せじゃないかもわからないだろ。何を期待してるんだ。絶対無理だぞ」


藤村 「この思いを諦めろっていうのか?」


吉川 「諦めるもなにもないだろ、さっきまでなかった思いを」


藤村 「なにも今から付き合うとか考えてるわけじゃないよ! でもあの頃の俺を好きだったわけだから。その感情を担保に入れればおっぱいの一揉みくらいはありうるだろ?」


吉川 「恐ろしく最低!」



暗転

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