主人公感

藤村 「ちくしょう! 俺たちにはもう何もできないのか! どうしてここまで無力なんだ!」


吉川 「あの、ものすごく煩悶してるところ悪いけど、警察呼ぶよ?」


藤村 「そう、いつだってそうだ。上手くいきかけても最後の最後でダメになる。そんな運命のもとに生まれちまった自分が悪いっていうのかよ!」


吉川 「どういう理屈で感情をこねくり回してるのかわからないけど、キミ自身が撒いた種だろ」


藤村 「結局そうなんだ。世界っていうのは不条理で冷酷なものだ。誰も弱いものを助けたりはしない。むしろ弱ってるものを見つけたら喜んで追い打ちをかけてくる。そんな世界だってわかってたはずなのに、俺が甘かった」


吉川 「なんかこっちが悪いみたいなこと言ってない? いいから金を払いなよ」


藤村 「金、金、金! 全部金だ! 人の心よりもそんなに金が大事だって言うのかよ!」


吉川 「大事っていうか、こっちも仕事だから。このままじゃ無銭飲食になるよ?」


藤村 「だけどよ! ここで引いたら今まで何のためにやってきたんだよ! 苦しかったことも、全て今この時のためじゃなかったのかよ!」


吉川 「別に難しいこと言ってないでしょ。払えって。1680円」


藤村 「わかってたさ。ここに来る前にすでにな。俺には実力が足りないって」


吉川 「実力じゃなくて持ち金が足りないんだろ。わかってた来たの? なんで頼んじゃったの? 普通足りないってわかってたら頼まないでしょ」


藤村 「このままおめおめと帰ったんじゃ、ここまで送ってくれた仲間たちに申し訳ないだろうが!」


吉川 「仲間たちもなんで送り出したかな。どうせならちょっと持たせて送り出せよ」


藤村 「それは違う。仲間たちは最後まで俺を信じてくれていた。だからこそ、俺はこんなところで挫けるわけにはいかないんだ!」


吉川 「だったら払ってよ。食ったんだから。払えばいいだけだろ」


藤村 「そんな言葉に惑わされてたまるかよ! そうやって今までどれだけの人間に支払わせてきたんだ!」


吉川 「普通にみんな支払ってきたんだよ! 今まで全員!」


藤村 「そんな……。ただ支払うことしかできないとわかっていながら! 一度でも支払わないで見逃してやろうと考えたことはないのか!?」


吉川 「商売なんだよ。誰だってやってるんだよ」


藤村 「そうやって心を麻痺させていくんだ。みんなやってることだから、でも一度立ち止まって本当に自身の心に問いかけて欲しい! きっと悲鳴を上げてるはずだ」


吉川 「上げてないよ。なんでだよ。逆にお前の心はなんでそんな真っ直ぐに道を踏み外してるんだよ?」


藤村 「確かにここまで楽な道ではなかった。それでも俺は一度だって振り返ったりせずに己を信じて駆け抜けてきたんだ!」


吉川 「一回くらい振り返った方が良かったよ。もう取り返しつかないくらい狂ってるぞ?」


藤村 「そうさ、誰しもが大人しくそういう運命だと受け入れてる。でもそんなのおかしいと思うんだよ! どんな人間にだって運命を切り開く力はある! 俺はそれを信じてる!」


吉川 「運命じゃなくて社会のルールなんだよ。食べたらお金を払うのは。飲食店の大前提がそれなんだよ」


藤村 「そんなことないはずだ! それを俺が今から証明して見せる!」


吉川 「主人公感を出しても乗り切れないんだよ。無銭飲食なんだから」


藤村 「みんな、頼む! 俺を信じてくれ! この思いを世界中に届けてくれ!」


吉川 「なんか配信してるの? おい、頭おかしいのか? お前が金を払ってないだけだぞ? 店としても迷惑でしかないんだよ!」


藤村 「うぉおおお! 燃えてきたー!」


吉川 「それ炎上っていうんだよ」



暗転

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