繰り返し

藤村 「いらっしゃいませー。お客様何名様でしょうか?」


吉川 「あ、一名で」


藤村 「お一人様で」


吉川 「はい」


藤村 「繰り返させていただきます。お一人様で!」


吉川 「なんで繰り返すの? 注文の時にするやつじゃない、それ? 恥ずかしいだろ、大きな声で」


藤村 「お客様、おタバコの方は吸われますか?」


吉川 「いえ、吸いません」


藤村 「じゃ、大麻の方で?」


吉川 「いや、それも吸いません。なに、その二択。どっちかを吸うってわけじゃないでしょ」


藤村 「では繰り返させていただきます。吸いません!」


吉川 「なんだよ、その繰り返し。なんか意味あるのかよ?」


藤村 「ではこちらの席にどうぞ。あ、足元の方段差になっておりますので一ボケするなら今です」


吉川 「促してくるの? ボケを? 別にしないですけど」


藤村 「はい、こちら出したての水道水です」


吉川 「あんまり言わなくない? 水道水なんだろうけど、別に言わないでしょ、普通のお店じゃ」


藤村 「繰り返させていただきます。水道水です。カルキたっぷり」


吉川 「一度言えばわかるんだよ! その繰り返しは確認のためにするものだろ? 今いらないだろ」


藤村 「ひょっとしてご注文はお決まりですか?」


吉川 「まだですけど、ひょっとしてって何? もうちょっと待ってよ」


藤村 「ではご注文がお決まりになりましたら、こちらのボタンの方を触りながら大声で『決まったぞー』と叫んでください」


吉川 「どういうシステムなんだよ。ボタンを押すだけじゃダメなのかよ」


藤村 「あいにくボタンの方がぶっ壊れてまして。他の席なら大丈夫なんですが」


吉川 「じゃあなんでこの席に案内したんだよ。空いてるのに。ちょっと叫ぶの恥ずかしいからもう決めます」


藤村 「では私は一旦厨房に下がりますので叫んでいただけますか?」


吉川 「それが嫌だから速攻で決めたんだよ! この海からの贈り物ボンゴレ・ビアンコ」


藤村 「はい。それですね」


吉川 「そこは繰り返さないのかよ! 一番重要なところだろ。ここ以外に繰り返しが発生するタイミングないんだよ」


藤村 「わかりました。繰り返します。海を超えてきた大巨人、アンドレ・ザ・ジャイアント」


吉川 「全然違う。どんな耳してるんだよ。それを厨房に伝えて何が出てくるの?」


藤村 「私としてもさっぱりで」


吉川 「メニューを見ろよ。海からの贈り物ボンゴレ・ビアンコだろ? はい、繰り返して」


藤村 「えーと、海の……それですね」


吉川 「大丈夫か? ちゃんと伝わってる? すごい不安になるんだけど」


藤村 「それとこちらドリンクバーとセットにするように勧めろと店長から言われておりますが、いかがしますか?」


吉川 「店長から言われてるんだ。そんな内情ひけらかすなよ。お得ですとか言い方あるだろ」


藤村 「そんなにお得ではないですけど、店が儲かるみたいなので」


吉川 「わかってるけどさ! そういうものだって知ってるけど、あんまり言わないのが大人じゃない?」


藤村 「私としては別に時給が上がるわけでもないですし、ドリンクバーの掃除も面倒なんですけど」


吉川 「言うねー! 全部言うね。経営者だったら胃が痛くなるようなことしっかり言うね!」


藤村 「いかがでしょう、ドリンクバー。色々混ぜてドブみたいな色のドリンクを作ったりできますけど?」


吉川 「プレゼンするところ絶対そこじゃないけどな。小学生じゃないんだから。じゃあセットにするよ。店長も喜ぶだろうし」


藤村 「ついでにサラバダーもいっときますか?」


吉川 「急に距離を詰めてくるなよ。サラダバーだろ。サラバダーってヘリのハシゴに捕まって去っていく怪盗じゃないんだから」


藤村 「繰り返します。サラダバーもいっときますか?」


吉川 「修正しただろ? 繰り返しを利用して言い間違いをシレッと修正したな」


藤村 「それ以上しゃべると殴りますがよろしいですか?」


吉川 「よろしいわけないだろ! 急にシンプルな暴力に訴えてくるなよ。誰だって言い間違いはあるから。気にすることないよ」


藤村 「繰り返します。サラダバーもいっときますか?」


吉川 「わかったよ。サラダバーね。力押しできたな」


藤村 「では初めから繰り返させていただきます。いらっしゃいませー。お客様何名様でしょうか?」


吉川 「そこから!?」



暗転

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