悪口

吉川 「どっちが最悪かって話なんだけどさ」


藤村 「最悪の話? 俺、最悪の話大好きなんだよね」


吉川 「最悪の話が大好きなの!? その嗜好の時点で最悪の香りがプンプンするけど」


藤村 「早く聞かせてくれよ。どんな最悪なんだ?」


吉川 「あのさ、実際悪口を言うやつより、悪口を言ってたよって告げ口するやつのほうが最悪だよな」


藤村 「なるほどね。悪口の最悪ね。いいチョイスだと思う」


吉川 「最悪のチョイスを褒められるの、喜んでいいのか難しいな」


藤村 「でもさ、悪口言うやつのほうが最悪じゃない?」


吉川 「いや、わざわざ言ってこなくてもいいじゃん。知らないところで発生した悪口はこっちの精神には危害を及ぼさないんだから」


藤村 「でもまぁ、最初に悪口が存在してるんだよね。知ろうと知るまいと」


吉川 「そうだけど、知らなければないも一緒じゃん」


藤村 「たとえ人類が知らなくても宇宙の謎はあるんだよ。そして人はその謎を解き明かしたいと望む。微かな手がかりを手繰り寄せて。科学というのはそうやって発展してきたんじゃないか」


吉川 「悪口の話なんだけど」


藤村 「知るのを恐れてはいけない。知らなければ危害がないなんてのはまやかしだ。だってそこにあるんだから。だから悪口を伝えてくる人も、この世界に光を与えようとするエクスプローラーなのかもしれない」


吉川 「違うだろ。よく悪口を伝えてくる人をそんな過大評価できるな。宇宙の謎はあるかもしれないけど、悪口はないかもしれないじゃん」


藤村 「あるよ。お前が気づいていないだけで悪口はずっと存在する」


吉川 「それはさ、言わなきゃいいだけじゃん。誰かが言ってるだけだろ?」


藤村 「いや、誰が言わなくてもそこに存在してる。お前の悪口ってのはそういうものだ」


吉川 「そういうものじゃないだろ。物理法則とかと同じレベルじゃないだろ」


藤村 「いくら無視しようとしてもあるものだから。かつて宗教と名を変えていたかもしれないし、もっと昔は名前すらない恐れという感情だったかもしれない。だけどそこにずっとあった」


吉川 「世界のあり方に寄り添って存在してたの? 俺の悪口が?」


藤村 「この星が生まれる前のガスの塊だった時も。初めて生命が誕生した時も。生物に知性と呼ばれるものが備わった時も。お前って何の話を振っても自分の話にしたがるよな、って思いは存在していた」


吉川 「いや、別に全部俺の話にはしないし。ちゃんと話聞いてるし」


藤村 「あと手の甲にすげぇ毛が生えてて銭形って呼ばれるのも」


吉川 「見た目の特徴を悪口にするの、令和の世にそぐわないからやめた方がいいよ」


藤村 「いや、俺が言ってたんじゃなくて、みんな言ってるよ?」


吉川 「それだよ! なんでそうやって伝えてくるんだよ! それが最悪だって話をしてるんだよ」


藤村 「でも最悪なのは悪口を言わせてしまう存在そのものじゃん」


吉川 「言わせてしまう!? 言う側が勝手に言ってるだけだろ。なんで俺が原因として追求されてるんだよ!」


藤村 「月はそれ自体では光ってるわけではなく、太陽の光を写してるに過ぎないんだから」


吉川 「いちいち宇宙規模に発展するのやめろよ。たとえ多少の難はあるにせよ、悪口は言う側が悪いだろ!」


藤村 「つまり、それを伝えるやつよりもってこと?」


吉川 「確かに。やっぱり言うやつの方が最悪だわ。さすが最悪の話が大好きなだけあって最悪の勘所を押さえるのが鋭い」


藤村 「あとSNSで女にだけリプ返すところがキモいってみんな言ってる」


吉川 「伝えるなよ! やっぱりお前が最悪だよ!」



暗転

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