怒らないで

吉川 「どうしてお前はいつもいつもそうなんだよ!?」


藤村 「いつもってわけじゃないと思うんだけど」


吉川 「前に言ったことができないんならいつもだよ!」


藤村 「今回の件を怒ってるの? 前回のことを怒ってるの? どっちか一つにしてよ。累積して怒ってるのズルくない?」


吉川 「今回のことも、累積することにも怒ってるんだよ! なんで累積しちゃうんだよ」


藤村 「今回か累積か、どっちかに絞って怒ってもらわないと、反省にかけるリソースも半分半分になっちゃうよ?」


吉川 「どっちとかじゃないよ! 普通は一度言われたら注意するだろ!」


藤村 「じゃあ、あなたはもう怒るなって言われたら怒らなくなるんですか? 一度言われたから」


吉川 「言われる理屈がないだろ! なんだよ、怒るなって。こっちだって怒りたくて怒ってるわけじゃないよ」


藤村 「奇遇ですね。こっちも怒られたくて怒られてるわけじゃないんで。お互いに無意味じゃないですか」


吉川 「無意味じゃないよ。お前の行いを正すために怒ってるんだから」


藤村 「怒るな!」


吉川 「なんで命令してるんだよ。その前に俺の怒られるようなことをするなって命令が先なんだよ。そもそも遅刻してきたよな?」


藤村 「はい。遅刻はしました」


吉川 「するなよ! 遅刻をしちゃいけないことくらいわかってるでしょ?」


藤村 「それはゴメンだけど、言わせてもらうなら枕がちょうどいい硬さで最高だったんだよ」


吉川 「なんだよそれ、そんなの理由にならないだろ」


藤村 「でも枕が最高の寝心地を提供しなかったら起きてたと思うんだよ。そう考えるともう、枕の責任は大きいかなって」


吉川 「枕を使って寝るお前の責任なんだよ! みんな最高の寝心地を提供してくれる枕を使ってもちゃんと起きるんだから」


藤村 「その起きてる人の最高と、今回の最高は多分こっちの方が数段上だったと思う」


吉川 「枕の最高具合はどうでもよくて、意志だろ! お前の意志! 時間通りに起きなかったのはお前!」


藤村 「それはゴメンだけど、言わせてもらうなら前日飲んだお酒が美味しすぎたんだよね」


吉川 「お酒の責任にはならないよ!」


藤村 「これがどう考えてもお酒のせいなんだよ。美味しかったから。あんなに飲んじゃうと思わなかったもん」


吉川 「飲んじゃったのはお前の意志だろ!」


藤村 「いや、誰もあそこまで美味しいとは思わなかったと思う。これはもうアクシデントだから」


吉川 「美味しすぎるっていうアクシデントはないだろ! お前が飲まなきゃよかったんだよ! 自分の意志で制御しろよ!」


藤村 「じゃあ、あなたも怒らなければいいんだから自分の意志で制御してよ」


吉川 「ノーダメージでこっちに受け流すなよ! 全然違う問題だろ!」


藤村 「人には向き不向きがあるわけでさ。俺はあなたみたいに怒ったりはしないから。立場を逆転させてみればいいんじゃないかな?」


吉川 「どういうこと!? 言ってる意味がわからない」


藤村 「だからあなたが遅刻をしたし、チケット失くしちゃったし、なんかジュースこぼしてグチョグチョのまま来ちゃったってことにして」


吉川 「お前だろ!」


藤村 「いや、だから。今回だけ特別に立場を入れ替えてやってみよう」


吉川 「やってみる意味がわからない。お前が反省しないし俺はやってないし」


藤村 「でも俺は怒らないよ。優しく寄り添ってあげられる。枕が最高で良かったねって」


吉川 「だからそれによって何が得られるんだよ! 俺が目指してるのは今後の改善なんだよ!」


藤村 「俺が目指してるのはこの場をなんとか凌ごうってことだけだから」


吉川 「よくもぬけぬけと言えるな! 目指すなよ! 未来に目を向けろよ!」


藤村 「でも未来なんて何があるかわからないんだから。5秒後に世界が終わるかもしれないんだよ? そうだとしたら大事な最後の瞬間を怒って不機嫌な状態ですごすことになる。こんな悲しい終わりでいいの?」


吉川 「5秒後に世界は終わったりしない! だから俺は!」


藤村 「あ~ぁ、言ったのに……」



暗転

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