アレ

吉川 「阪神がアレしたねー」


藤村 「アレってなに?」


吉川 「え? 知らない? 18年ぶりの優勝をしたことなんだけど、具体的に言葉にするとすり抜けていきそうだからあえてアレって言ってたんだよ。俺も関西出身だから嬉しいよ」


藤村 「なるほど。アレかぁ。話してる人たちが共通の認識をしてるんならそれで十分なのかもね」


吉川 「そうそう。アレって言葉がこれほど広く共有されたの面白いよな」


藤村 「そういえばジャニーズ事務所のアレどう思う?」


吉川 「え?」


藤村 「ジャニーズ事務所のアレ」


吉川 「うん、その話はよそうよ」


藤村 「なんで? 今言ったアレの指し示す意味はさ……」


吉川 「いや、いいから。なんかそのアレがどんな意味であろうと、そのアレに関して意見を言うのはリスクが高すぎる」


藤村 「違う違う。アレってのは」


吉川 「いいから!」


藤村 「そう? じゃあ話を変えて、ビッグモーターのアレさ」


吉川 「変わってねぇ! そのアレはいいんだよ!」


藤村 「え? ちょっと待って。違うよ? ジャニーズ事務所のアレじゃなくて、ビッグモーターのアレは」


吉川 「いいんだよ! そこをいくらぼやかしても主語で終わっちゃうんだから! もうその主語である限りポジティブなアレになりそうな気がしないんだよ!」


藤村 「いや、アレって言っても」


吉川 「深堀らないで! 掘れば掘るほど嫌なことしか出てこないんだから。もうパンドラの箱なんだよ」


藤村 「そんなにアレに拒否反応があるとは思わなかった」


吉川 「アレにはないんだよ。というか、アレはなにかもよくわかってないけど、絶対にろくなアレじゃないから」


藤村 「じゃあ話を変えてプーチン大統領のアレさぁ」


吉川 「変わってない! 相変わらず! お馴染みのアレ!」


藤村 「全然違うよ。だってビッグモーターのアレは……」


吉川 「違うだろうけど! 違うだろうけど、そのアレの話がハッピーに終わることないだろ?」


藤村 「いや、プーチン大統領がアレしたら終わるんじゃない?」


吉川 「不穏当なアレ! そのアレはだいたい想像がつくけど、そんなアレの話はしたくないよ!」


藤村 「じゃあもうアレの話はなにもできないじゃん」


吉川 「できるよ。お前がわざわざダメな方用のフォルダに入ってるアレを持ち出すからいけないんだよ!」


藤村 「もうわかったよ。じゃあ優勝のアレの話をしよう」


吉川 「そうだよ! もうアレと言ったら優勝なんだから。それが今一番ホットな話題なんだよ。関西人はその話を待ち望んでるんだから」


藤村 「逆に優勝できないっていうのはなんて言うの?」


吉川 「なにが?」


藤村 「優勝できないことをなんか表す言葉はないとおかしいだろ。アレの逆の意味の」


吉川 「それはアレできない、でいいじゃん」


藤村 「ソレとかあった方が便利じゃん。ソレしちゃったね、って」


吉川 「別に暗号じゃないから。モールス信号でやり取りを円滑に進めるために省略してるわけじゃないからソレじゃなくていいでしょ」


藤村 「優勝に浮かれて道頓堀に飛び込むことはドブ?」


吉川 「ドブじゃないよ! 川だよ! ドサクサに紛れて酷いこと言うな」


藤村 「優勝くらいのことで浮かれて暴徒みたいになってるのはアホ?」


吉川 「アホって言うなよ。ある言葉だから! その言葉は元からあるでしょ。アホの意味はアホだよ! 何かをする人って意味じゃないよ」


藤村 「でも当たらずとも遠からずなんじゃ」


吉川 「当たらずとも遠からずだから余計に言っちゃダメなんだよ! 全然離れてるならともかく、しっかり命中してる人が多いからこそ絶対に言うなよ!」


藤村 「じゃあ、カスってのもさ」


吉川 「ある言葉! カスはカスで意味があるから」


藤村 「違う違う。何かを抽出した残りの物質という意味じゃなくて、そう言う人を指す言葉として」


吉川 「あるんだよ! 何かを抽出した残りの物質という意味以外できちんと指し示してるんだよ。ちょっと当たっちゃってるんだよ!」


藤村 「じゃあもう全部まとめてクズって言えば……」


吉川 「なんや、ワレ?」


藤村 「そのワレってのはどういう意味なの?」



暗転

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