自虐風自慢

吉川 「でもうちの田舎なんて漁港だからさぁ。毎日魚だよ。魚ばっかり。東京に来た時に居酒屋で魚介頼んでる人見て驚いたもん。そんなのわざわざ頼むの!? って」


藤村 「いい加減やめてくれないかな?」


吉川 「え、なにが?」


藤村 「そうやってさ。自虐みたいに言いながら自慢してるでしょ。内心満更でもないと。もっと言えば魚介を好きなだけ食べられない都会の人間を見下してすらいる」


吉川 「そ、そんなつもりはなかったけど」


藤村 「あるんだよ。ストレートに魚が美味いって自慢すればいいじゃん。誇らしいんだろ?」


吉川 「ま、まぁ。魚は美味いけど。でもそれくらいしかないから」


藤村 「ほら! 結局それを自慢したいんだよ! だけど自慢すると嫌われないかと恐れるあまりわざと下げる感じで言ってる。その自意識のウザさが余計にムカつく」


吉川 「ごめん」


藤村 「だいたいさ、それを言ったところで欲しい返答は決まってるんだろ? 『えー、そっちの方が良いじゃん』みたいな。否定され待ちなんだろ? 否定されるためにわざと自分を卑下してるんだろ!? なんでお前の否定小芝居につきあわされなきゃいけねーんだよ! 望み通りじゃない『本当に田舎最悪だな』みたいに自虐を肯定したら不機嫌になるくせに」


吉川 「そこまで考えて言っていたわけじゃないけど、そういう気持ちもあったかもしれない」


藤村 「あるんだよ! お前いっつもそうなんだから。その『そんなことないですよ~』待ちの自虐が毎回ストレスになるんだよ!」


吉川 「悪かった。気をつけるよ」


藤村 「二度とするなよ!」


吉川 「気をつけるけど、そこまでムキになることなくない? 暑いからイライラしてるんじゃないの?」


藤村 「暑い?」


吉川 「暑いけどさ。それはみんな暑いんだから」


藤村 「出た出た! またしてもアピール出ました」


吉川 「また言っちゃった? え、どれが? 変なこと言ってないと思うけど」


藤村 「暑いのに服着てますアピールだろ! 脱ぎゃいいじゃん、暑いなら。わざわざ服を自分から着ておいてさ。暑いですね、とか。それでこっちの『服着て偉いですね』みたいなの待ってるんだろ!」


吉川 「いや、服は着るじゃん」


藤村 「服を着る、と暑いは相反するものだろ! なんで両方やってるんだよ! 嫌なら片一方やめればいいだけなのに!」


吉川 「やめられないだろ、服を着るのは」


藤村 「はいはい。自分から好きでやっておいてやめられないアピール。田舎だって全部捨てりゃいいのに本当は褒めて欲しいだけなんだろ!」


吉川 「服を着るのは好きとかじゃなくない?」


藤村 「好きとかじゃなくやってます、自分はあくまで自然体ですみたいなアピールだろ! 自然で言うなら裸が自然なんだよ! あえてやってるくせに、あえてやってるのを自然と言い張るやつ全員自意識を押し付けてくる煩わしいバカ!」


吉川 「一回整理しよう。田舎の件は悪かった。でも服はさ、そういうつもりはないでしょ」


藤村 「だったら暑いとかわざわざ言うなよ! 自分で服を着て暑いんだから」


吉川 「それは別に言ってもよくない? みんな言ってない?」


藤村 「脱げば涼しいだろ! 世の中の人全員が知ってるんだよ。服は脱げば涼しい! 老若男女誰しもが知っている。なのに脱がない。そのくせ暑いとか言う」


吉川 「言うでしょ。暑いし、着るでしょ。世の中のルールとして」


藤村 「そんなルールないんだよ!」


吉川 「あるよ! なんでないことにしちゃってるの。その因縁のふっかけ方はおかしい」


藤村 「ひょっとして服を脱ぐという概念を知らずして服を着てるのか?」


吉川 「そんなこぢんまりしたロストテクノロジーはないだろ! 知ってるよ。服を脱ぐことも」


藤村 「じゃあ二度と服を着たまま暑いなんて言うなよ! あえて自ら進んで着てるだけなんだから」


吉川 「全然釈然としない。ただ文句言いたいだけじゃねえか! いい加減にしろよ」


藤村 「はいはい。アピール出ました!」


吉川 「出してねぇよ! 何をアピールしたっていうんだよ!?」


藤村 「人を殺さないアピール。そんなに腹立つなら殺しちゃえばいいのに。自意識が過剰すぎて殺しもできないんだろ」


吉川 「それはもう自意識じゃないよ……」



暗転

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