鍛錬

藤村 「じゃあ、一度わかりやすくやってみますね」


吉川 「お願いします」


藤村 「普通にパンチをするとこんな感じ。このスピードと威力を覚えておいてください」


吉川 「はい」


藤村 「そして軸を意識して回転によって打つと、こう!」


吉川 「あぁ~。……あ?」


藤村 「わかりました?」


吉川 「いや、なんかちょっと。あんまり変わらないかなって」


藤村 「えーとですね、ヒットする瞬間の威力とあと肩からのスピード。そこに注目してください。普通に打つとこんな感じ」


吉川 「はい」


藤村 「それで回転で打ちますよ。軸を決めて、こう!」


吉川 「あぁ……。いや、ちょっと」


藤村 「ま、今のはちょっと靭帯がズタズタになっちゃったんであれですけど、原理はこういうことです」


吉川 「靭帯がズタズタになっちゃったの!? 今ので?」


藤村 「大事なのは軸を意識することなんで」


吉川 「ええ? 靭帯? だ、大丈夫ですか?」


藤村 「もちろんあとで病院に行きますから」


吉川 「行くんだ。本格的な靭帯損傷なんだ」


藤村 「今回は動画を撮るってことだったんで、ちょっと調子に乗って変な感じに捻っちゃいました」


吉川 「それ動画で残らないほうがいいんじゃないですか?」


藤村 「まぁ、よくあることなんで」


吉川 「よくあるんだ。よくあっちゃダメでしょ、そんなこと?」


藤村 「あと下半身も同じ理屈ですね。蹴りも軸を意識します」


吉川 「あ、もういいです。大丈夫ですんで」


藤村 「軽くです。軽くやってみます」


吉川 「本当に軽くですか? なんか、打たれるのが怖いとかじゃなくて、別の怖さというか心配が先立ってるんですけど」


藤村 「普通に蹴ってみてください。だいたいこんな感じになるはずです。でも人間の体の構造上、最も理にかなった動きをすると、こう!」


吉川 「え、弱……」


藤村 「身体の動きを覚えるってことはこういうことです」


吉川 「全然弱くなってたんですけど?」


藤村 「それは、ただ単に骨折したからで。基本の身体の使い方は間違ってません」


吉川 「骨折したの? 今のタイミングで?」


藤村 「根本からポッキリいっただけなんで」


吉川 「だけじゃないでしょ、それは。ものすごく大変なことじゃないですか」


藤村 「素人はそう考えるんですけど、実はきれいに骨折すると治りが早いんですよ」


吉川 「だからと言って骨折しない方が良いんじゃないですか?」


藤村 「しちゃったもんはしょうがないから。なんか撮影で力入っちゃって」


吉川 「それはもう全然身体を上手く扱えてないってことじゃないですか」


藤村 「いいえ、違います。上手く使えまくってます」


吉川 「だって骨折したんでしょ? 靭帯も。そんな風になるはずじゃなかったんでしょ?」


藤村 「なるはずでした。最初から骨折しようと思ってました」


吉川 「そんなことある!? 強がりが過ぎて言動がおかしくなってる。骨折したい人なんていないでしょ」


藤村 「今年はまだだったんでちょうど頃合いかなと思って」


吉川 「毎年季節を感じる骨折をしてるやつなんていないでしょ。盆踊りじゃないんだよ」


藤村 「重要なのは怪我のことではないんです。正しい身体の使い方を覚えれば日常生活においてもより快適に過ごせるんです」


吉川 「靭帯ズタズタになった人が何言ってるの?」


藤村 「腰痛や肩こりに悩まされながら生活を送るより、靭帯がズタズタの方がマシっていう意見もあります」


吉川 「どっちも嫌だろ。なんでどっちかを選ばなきゃいけないんだよ。どっちでもない健康的な生活を推奨しろよ」


藤村 「誤解されてるようですが正しい身体の使い方をすれば危険はまったくないんです。最後に頭突きの威力を見てみましょうか」


吉川 「絶対やめておいた方がいい」



暗転

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