ひっかけ

吉川 「では、この式から棒を一本動かして正しい式にしてください」


藤村 「いや、わからない」


吉川 「えーと、ヒントとしては広い視野を持った方がいいな」


藤村 「あのさ、これひっかけ問題じゃないの?」


吉川 「え?」


藤村 「ひっかけ問題でしょ。この計算式の中で成立するわけじゃなくて、問題文だとか周りのものとか、環境とか、そういうのに対して考えなきゃいけないやつでしょ?」


吉川 「……うん」


藤村 「なんでそういうことするの?」


吉川 「なんでって。そういうものだと思って」


藤村 「ひっかけ問題ってさ、知性の問題じゃなくて人間性の問題でしょ? 頭がいいやつが解けるわけじゃなく、人間性がねじ曲がった意地悪なやつほど解けるっていう。俺をそんな人間だと思って試したの?」


吉川 「そんなつもりはないけど。楽しいかなぁと思って」


藤村 「お前は何? 人間性が最低のやつを暴き出しては、自分と一緒だって悦に入ってるわけだ」


吉川 「そこまで考えて出してないよ」


藤村 「解けなかった人間を見ては、こんなクソみたいな世界で善良さを保って生きてるなんて哀れな生き物だ。ズルい奴らに食い物にされるだけなのに。って見下してるんだろ?」


吉川 「そこまで穿った見方してないよ。むしろこっちとしては解いて気持ちよくなって欲しいんだから」


藤村 「お前も早く現実を正しく認識して、食うか食われるかのこの世界の捕食者側に回れよ。でなければ一生奴隷として生きることになる。まぁ、そういう愚か者がいるから俺たちが高笑いしていられるんだがな。カーッカッカッカ! って思ってるんだろ」


吉川 「そんな風に世界を捉えてないもの。なに、その殺伐とした世界。それにそんなアシュラマンみたいな笑い方しないよ」


藤村 「こんな問題は解けない方がまともなんじゃないの? そりゃお前らみたいな利口ぶって他者から搾取することをなんとも思わないような品性の欠片もないやつからしたら、こんな問題も解けないバカだと思うかもしれないけど。俺は自分の誇りにかけて、こんな問題はわからないとつっぱねたいね」


吉川 「たまたま閃いただけの人間をそんな悪の枢軸側に据えないでよ。こんなの遊びじゃん」


藤村 「そうだ。お前らはいつだって遊び半分で人の尊厳を踏みにじってきた。真っ当に生きてる者が大切に抱えてきたものを、合理的でないと跳ね除け、コスパが悪いと蔑み、それってあなたの感想ですよねと物笑いにしてきた。そんなやつらが踏み絵のように提示するのがひっかけ問題なんだよ!」


吉川 「それこそあなたの感想じゃないですか」


藤村 「それの何が悪い! 人の思いだ! 生きるってのはその思いを育み、慈しみ、分け合うことだろ! 誰だってあと数十年で死ぬ! 100億年も経てばこの星もなくなる! 宇宙だってはるかなる時の流れの中では永遠じゃない! あらゆるものの価値なんてない! だけど、自分が大切に思っている、それだけが何よりも輝く価値だろ! それをお前らは穢してるんだ!」


吉川 「ひっかけ問題出しただけで、そこまでケチョンケチョンに言われる?」


藤村 「人を騙して喜ぶようなやつはクズの中のクズだ! どれほど成功しようとも、お前の魂はお前自身が踏みつけているんだよ!」


吉川 「もうそんなに言われるならいいよ。ただの楽しい時間つぶしのつもりだったのに」


藤村 「お前にとっては軽い気持ちだったかもしれないが、人には誰だって侵してほしくない聖域があるんだよ。その痛みを知れ!」


吉川 「わかったよ。もう言いません」


藤村 「本当にわかってるのか? ならば今こそお前に問おう」


吉川 「えぇ……」


藤村 「パンはパンでも食べられないパンはなぁ~んだ?」


吉川 「わ、わかりません」


藤村 「わからないの!? ププーッ!」


吉川 「おい!」



暗転

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