変なおじさん

吉川 「そうです。私が変なおじさんです」


藤村 「それはおかしいですね」


吉川 「え……」


藤村 「いわゆるエピメニデスのパラドックスです。『クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言った』という。もし本当にクレタ人が嘘つきならば必ず嘘をつくために正直者だと言うはずです。また、クレタ人が嘘つきでないとするならば、本当のことを言うので正直者と言うはず。どちらにしろクレタ人は嘘つきだとは言わないのです」


吉川 「なんか難しいことを」


藤村 「あなたがもし本当に変なおじさんなら、変であるがゆえに変さを自覚できないはずです。そして本当に変ではないおじさんならばやはり変なおじさんとは言いません」


吉川 「いや、そんな難しいこと考えずに変なおじさんだから変なおじさんなんだけど」


藤村 「いいえ、あなたは正気なおじさんです」


吉川 「正気なおじさん。おじさんの部分は否定してくれないんだ」


藤村 「おじさんはおじさんです。きわめて真っ当な、正気なおじさんです」


吉川 「だからと言って自分のことを、そうです私が正気なおじさんですって言えないじゃないですか? 不必要な凄味が出ちゃうでしょ」


藤村 「もちろん。本当に変なおじさんも『そうです私が正気なおじさんです』と言います。むしろこの世の中で正気を謳ってる人はそっちの方が多い」


吉川 「私は正気です! って。それは確かに。もうその時点で薄っすら怖い」


藤村 「あなたも本当に変なおじさんの自覚があるならば、正気なおじさんを標榜すべきです!」


吉川 「でも変なおじさんですって言ったほうが伝わりやすいじゃないですか。変さというか」


藤村 「いいえ。変なおじさんという人は存在しないのです」


吉川 「存在しないってどういうこと? ここにいるんだけど。私が。そうです。私が変なおじさんです」


藤村 「言ってみれば虚数みたいな存在です」


吉川 「難しいことを言うな。そういう理屈じゃなくて、変だなって思って欲しいだけなんだけど」


藤村 「ではあなたは変だなって思って欲しい正気のおじさんです」


吉川 「自意識が過剰すぎるおじさんになっちゃった。思春期から卒業できないおじさんじゃん。変なおじさんより恥ずかしい」


藤村 「この世に存在するおじさんは、正気なおじさんか、変だなって思って欲しい正気のおじさんです」


吉川 「言い切ったな。もうちょっとシンプルにさ。私のことを見て変だなって思わない?」


藤村 「思います。変です」


吉川 「だよね? だったら私は?」


藤村 「変なおじさんです」


吉川 「でしょ!? そうです。私が変なおじさんです」


藤村 「違います。私から見たら変なおじさんですが、あなたの認識は正気なおじさんであるべきです」


吉川 「なんだよ、あるべきって。いいじゃん! 変なおじさんで。もっと自然に存在させてよ」


藤村 「変なおじさビリティを有する存在としての自分をどうアピールすべきかということですか?」


吉川 「なんだよ、変なおじさビリティって。ちょっと仕事できる人風に言いやがって。アピールっていうか、そうなんだからしょうがないって話だよ。あなたになんと言われようと変なおじさんなんだから」


藤村 「どうしてそこまで変なおじさんという名称に固執してるのですか?」


吉川 「固執してるわけじゃないけど。別に私だって生まれた時から変なおじさんだったわけじゃないし」


藤村 「変な赤ちゃんだったんですね」


吉川 「赤ちゃんの時は変じゃないよ」


藤村 「いいえ。赤ちゃんというものはだいたい変です。一般的によくある最大公約数的な赤ちゃんという存在がいるなら育児は苦労しません」


吉川 「真っ当だな! 育児の大変さに対して配慮の利いた発言! そうか。赤ちゃんはみんな変か。ということは、人間なんてみんな変なのかもしれない。むしろ特別に言及する必要なんてなく、すべての人が変な人なんだ! エウレカ!」


藤村 「いいえ。私は正気な人間です」


吉川 「お前が一番怖え!」



暗転

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