倫理

吉川 「だからそういうことを言ってるんじゃないんだよ! わかんだろ? 何やってもいいわけじゃないことくらい」


藤村 「すみません」


吉川 「本当にわかってるのか? この場だけ謝って乗り切ればいいと思ってるんだろ」


藤村 「ダメですか?」


吉川 「ダメかどうかわからないの!? イケるって思った? なんでそう思えるの?」


藤村 「人間なんてそんなに怒りも継続しないだろうし」


吉川 「すごい真理っぽいこと言ってるけど、ダメだよ。ダメに決まってるよ!」


藤村 「もし迷惑をかけたとしても百年後にはみんな死んでますし」


吉川 「そりゃそうかもしれないけど! だから、まいっかみたいにはならないでしょ。そんな切り替えスムーズな生き方普通はできない」


藤村 「ひょっとしたら自分は得意な方かもしれません」


吉川 「そんな方向にひょっとしないで欲しいな。あのさ、迷惑をかけた事実は認識してるんだよね?」


藤村 「それはもう。この程度のことを迷惑だと思う人がいるのはわかってます」


吉川 「反省の色の見えない認識! こんな無色透明の反省見たことない。あのさ、本当に何をやってもいいってわけじゃないんだよ。この世の中は!」


藤村 「それはもう。物理法則は超えられませんし」


吉川 「そういうことじゃない。何かを超越しろとかじゃなくて。なんていうかさ、もし人を殺しても罪に問われないとしても、人を殺したりはしないだろ?」


藤村 「なんでですか?」


吉川 「そんな返球ある!? きわめて返しやすいボールを投げたつもりだけど、魔球が返ってくるとは思わなかった。なんで? なんでかわからない?」


藤村 「相手の方が強いからですか?」


吉川 「全然違う。強いから殺せないみたいなバトル漫画のルールで考えてないから。人は殺さないでしょ」


藤村 「でも罪には問われないんですよね?」


吉川 「だからと言って殺さないよね、ってところにこの話の焦点があるわけで」


藤村 「勇気が出ないからですか?」


吉川 「殺人の動機を勇気にしちゃダメだよ? そんな世界じゃアンパンマンも救われないよ!」


藤村 「でもほら、チャンスがあったら迷わず飛び込むのが成功の鍵だと言いますし」


吉川 「チャンスと思っちゃった!? 殺しても罪に問われないというのをチャンスだと? ラッキーが到来したからここぞとばかりに乗っちゃうの?」


藤村 「滅多に無いことですし」


吉川 「滅多にないよ? ありえないよ? あってはならないから!」


藤村 「だったら尚の事、できる限り殺しておいた方が」


吉川 「できる限り殺すの? 量を? するかしないかで問うてたのに、もう量を稼ぐレベルになってるの?」


藤村 「何人から罪に問われるとかあるんですか? 最初に言ってなかったんで」


吉川 「そういう思考にたどり着く人を想定してないから言わなかったの。殺さないって選択肢はないの!?」


藤村 「ギリギリまでってことですか?」


吉川 「ギリギリまで殺さない、だと結局殺すことになっちゃうから。逆に楽しんでる感すらあるし」


藤村 「できればいろいろ試したいので」


吉川 「できないよ? なに、できれば試したいって。殺し方を? 様々なアプローチを心がけようとしてる?」


藤村 「多様性の時代なんで」


吉川 「そんな前のめりで殺したがってる人に時代を語られたくないよ! そういう意味合いで多様性って使うの、一番間違った使い方!」


藤村 「じゃあなんですか? 殺しもせずにただ指を加えてボーッと見てろとでも言うんですか!?」


吉川 「そうだよ? 普通の人はみんなそう。全員。この世の全員が殺しもせずに指を加えてるの。それは全然悪いことじゃないから」


藤村 「だったらその殺せなかった分はあなたが保証してくれるんですか?」


吉川 「何その考え。殺せなかった分ってなに? そんな分はないよ?」


藤村 「こっちはわけのわからない説教までされてただでさえいらついてるのに」


吉川 「あの、終わりです。もう説教は終わり。帰ってよろしい。大丈夫、こっちで全部やっておくから」


藤村 「まだ分が残ってます」


吉川 「ないんだよ、分は!」



暗転

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