鑑定士

吉川 「これは大変貴重なものですね。長く大切に使われてきたように見受けられます」


藤村 「いい仕事をされてますか?」


吉川 「そうですね。この時代は特にこういう形が流行ったんですよ」


藤村 「ではいい仕事をされてるということでよろしいですか?」


吉川 「あ、はい」


藤村 「次はこっちなんですけど、どんな仕事でしょうか?」


吉川 「どんな仕事? いや、ちょっと見せてください。う~ん、これは大量生産品ですね」


藤村 「悪い仕事ってことですか?」


吉川 「いえ、悪いってことではないんですよ。見てください、まだ形が現代のものとは違うんですね。こういうところから文化的な発展が見て取れるわけです」


藤村 「悪い仕事?」


吉川 「だから悪くはないんです。この時代においては、必要だったから大量に作られた。でもこれほどの状態で残ってるのは珍しいですね」


藤村 「普通の仕事ってことですか?」


吉川 「その仕事の良し悪しで物の価値が決まるものじゃないですから」


藤村 「でも視聴者が望んでるのはいい仕事かどうかなんですよ」


吉川 「そうやって白黒はっきりさせるってのはよくないな。グラデーションの中にこそ趣というのが生まれるんで」


藤村 「わかりました。ではそのグラデーションを先生の言葉で言っていただければ」


吉川 「急にそんなこと言われても。今まで鑑定しかしてこなかったんで」


藤村 「ではこの缶コーヒー、新発売のやつです。焙煎方法に特徴があるもの、これはズバリどの仕事でしょうか?」


吉川 「ズバリ? えぇ……。う~ん。あ、でも美味しいです。いい寄りの普通の仕事です」


藤村 「いい寄りの普通の仕事ですか。かなりの高評価ということで。では続いてこちら、吸湿性に優れたブラトップ」


吉川 「ブラトップ!? ブラトップを私が?」


藤村 「さぁ、いい仕事でしょうか? ズバリこの仕事は?」


吉川 「ブラトップはわからないです。つけたことないし。他のものも知らない」


藤村 「これでも1500円なんですよ」


吉川 「え、これで? これだって縫製もしっかりしてますし。肌触りもいいですね。それを聞いたらなかなか」


藤村 「いい仕事ですか?」


吉川 「いや、いいっていうかわからないから。個人的にはそれなりだとは思いますけど」


藤村 「ズバリ?」


吉川 「いい寄りの普通だと思います」


藤村 「先生、もうちょっと変化をつけていただかないと」


吉川 「他に言いようがないでしょ。わからないのに絶賛するのも不自然だし。結構的を射てると思うよ?」


藤村 「わかりました。では続いて、こちらニベアの青缶」


吉川 「ニベア。あの昔からある。クリームでしょ?」


藤村 「そうです。どうでしょう?」


吉川 「どうって。普通です。これこそ普通。スタンダード。一番基準になるもの」


藤村 「なるほど。普通の仕事ということで」


吉川 「普通っていうかさ、私がケチつけられるようなものじゃないでしょ。ジャンルとして詳しいわけじゃないし。普通というのは十分に品質が保証されてるということですよ」


藤村 「名言が出ましたね。普通は品質が保証されてる。そろそろ悪い仕事の何かが欲しいところですが」


吉川 「欲しがらないでよ、悪い仕事を。そうそうないよ、世の中に悪い仕事は」


藤村 「じゃあこれ。結構叩かれがちなファーストフード。月見バーガー」


吉川 「食レポじゃないですか。もう鑑定が何も関係ない」


藤村 「仕事はどうでしょう?」


吉川 「一応食べますけどね。あ、美味しい。これ私好きです」


藤村 「好き出ちゃったか。でもファーストフードですよ?」


吉川 「悪い側に導かないでよ。いいじゃないですか、人の好き好きなんだから」


藤村 「でもここらでちょっと悪い寄りが欲しいんですけど」


吉川 「そういうものじゃないでしょ。実際に美味しいと思ってるんだから」


藤村 「ネットなんでスポンサーとか気にしないでいいですよ? 本音でいいんで」


吉川 「そういうつもりもないんですよ。悪くないものを悪いとは言えないですよ」


藤村 「でもネットってちょっと大げさに言ったり断言したりするのがウケるんで。バカはグラデーションを求めてないんですよ」


吉川 「そんなことないでしょ。物事を見極めたいと思ってる人も多いから見てくれるんだと思いますよ?」


藤村 「先生は理想家すぎるなぁ。これはあくまで仕事なんで。全員で悪いものを叩く時ほど熱量が上がるんですよ」


吉川 「悪い仕事してますねー」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る