昆虫採集

吉川 「今の若い子はカブトムシとか見たことないんだって」


藤村 「今年の夏は厳しいからなぁ。実際にカブトムシもあんまりいないんじゃない?」


吉川 「そうなの?」


藤村 「夏に注目されがちだけど、意外と暑さと湿気に弱いから。現代の日本の夏はちょっと環境が合わない」


吉川 「今年の夏は本当に暑かったからね」


藤村 「まぁ、図鑑で見ればいいんじゃないの?」


吉川 「いやいや、やっぱり山の中を分け入ってさ、見つけたいじゃん。自分で」


藤村 「まったく思ったことないけど」


吉川 「捕まえたいじゃん。カブトムシ。クワガタも」


藤村 「捕まえるの? 気がしれないな」


吉川 「あ、虫とかダメなタイプ?」


藤村 「いや、ダメとかいいとかじゃなくて。捕まえるの? なんで? なにか悪いことしたの?」


吉川 「なにが?」


藤村 「罪もないカブトムシを捕まえるの? なんで?」


吉川 「なんでって。捕まえるものじゃない? カブトムシは」


藤村 「罪のないカブトムシを? どうするの?」


吉川 「どうって、どうもしないよ。別に何も。捕まえて、捕まえたという達成感を味わったら放すくらい」


藤村 「そんなことしたがる人間の気持ちがまったくわからない。お前、捕まったカブトムシの気持ちとか考えたことあるの?」


吉川 「気持ち? カブトムシの? え、ないけど」


藤村 「そうだよな。ほんの少しでも心があればそんなことはできないもんな」


吉川 「いや、だって。虫。カブトムシだから。心とか考える?」


藤村 「一寸の虫にも五分の魂だぞ。カブトムシが二寸だと換算すると一寸の魂だ」


吉川 「寸があんまりピンとこないけど。心とかある?」


藤村 「ないと思ってるの? 森羅万象あらゆるものに心はあるんだよ。そう考えるのが日本人の奥深さだろうが」


吉川 「カブトムシの気持ちかぁ。でも放してるし」


藤村 「自分がその立場だったらって考えてみろよ。明らかにフィジカルに差がある巨大な生物が、自分の住んでる場所に分け入ってきて、隠れてるのを探し出して無理やり捕まえるんだぞ? それで飽きたらポイだ。こんな恐ろしいことがあるかね」


吉川 「カブトムシはそんなに気にしてない気がするんだけど。貫禄あるし」


藤村 「そんなのは個体差があるだろ! 気にするタイプのカブトムシだっている。aikoだって生涯忘れることはないでしょうって歌ってるよ!」


吉川 「それカブトムシ視点の歌じゃないでしょ。カブトムシと人の種族を超えた関係の歌じゃないからね」


藤村 「じゃああれは何虫の歌なんだよ」


吉川 「虫視点じゃないと思うよ。普通あれを聞いてカブトムシが気持ちを歌ってると思う?」


藤村 「あたしはカブトムシって言ってるじゃん。じゃあなにか? そうよ私はさそり座の女って歌ってるのはさそり座の女じゃないのか?」


吉川 「さそり座の女はさそり座の女だろうけど、カブトムシはカブトムシじゃないだろ。歌上手すぎるもの。人間の歌だよ」


藤村 「人間がカブトムシっていうの? なんで? 憧れてるから?」


吉川 「憧れてはいないだろ。ただのたとえでしょ」


藤村 「全然気持ちがわからない」


吉川 「カブトムシみたいな甘い匂いに誘われちゃうようなちっぽけな存在ですってことだろ」


藤村 「なんでお前はさっきからそうカブトムシを見下してるんだ。カブトムシ側の感情を無視して。前時代的な被差別者に対する態度と一緒だよ。あいつらは傷つけても構わないと思い込んでるんだよ」


吉川 「傷つけるようなことはしてないけど。そういわれると、まぁ、カブトムシの気持ちになっては考えてなかったかな」


藤村 「カブトムシはただ寄らば大樹の陰で甘い汁を吸ってるだけなのに」


吉川 「そう言われると老害っぽさが出てくるけど。あっちからしたら人間の気持ちもわからないから怖いかもな」


藤村 「その通りだよ。これからの時代は、そういう共感性が重視されるんだから。カブトムシの気持ちだって無視しちゃいけない」


吉川 「わかったよ」


藤村 「捕まえるなら人間にしとけよ」


吉川 「人間の方こそ気持ちとか考えちゃうだろうが!」


藤村 「……あるの?」



暗転

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