回転

藤村 「暑いなー」


吉川 「うん。もし今何か願い事が叶うとしたら、何にする?」


藤村 「そんなことより、どこか入らない?」


吉川 「あー、金ないんだよね」


藤村 「普通のスーパーとかでもいいよ。涼しい場所。避難しないと」


吉川 「そうだな。ちょっと暑すぎるわ」


藤村 「そんなことよりさ、もし今何か願い事が叶うとしたら、何にする?」


吉川 「え? 待ってよ。え?」


藤村 「もし今何か願い事が叶うとしたら、何にする?」


吉川 「それは俺が聞いたやつだよね。さっき。ほんの数十秒前」


藤村 「何にする?」


吉川 「すごい強引に話の主導権を奪い去ったな。そんな力技ある?」


藤村 「バレた?」


吉川 「バレずにすむって算段があったの? そのやり方で」


藤村 「勢いでうやむやにできるかと」


吉川 「できないよ! そんな短期間に同じ相手に繰り出す技じゃないよ、それ」


藤村 「しょうがないだろ!」


吉川 「しょうがないことなの? 別にそんなことする必要なくない? 会話として続ければ」


藤村 「だって上手い答えが思いつかなかったんだよ! お前がちょっと唸るような、その手があったかっていう返しをしたかったんだけど、何も思いつかなかったんだよ!」


吉川 「いいんだよ、平凡な答えで。そこまでこの会話に賭けてないから」


藤村 「せっかくの唸らせチャンスだったのに。こいつ頭の回転早いなーって思われたかった。こんな手、俺だって使いたくなかったよ!」


吉川 「そんな思いを抱えてたの?」


藤村 「そもそもお前が試すようなことを突然聞いてくるからいけないんじゃないか!」


吉川 「別に試してないよ」


藤村 「そんな質問に答えるなら、二週間は欲しいよ」


吉川 「熟考した答えを聞きたいわけじゃないんだよ。その場の適当な話題として消費するだけなんだから」


藤村 「でも答えによっては、あの時の返しすごかったなぁって何年も語り継がれる名回答になったかもしれないだろ」


吉川 「そんな奇跡の逆転ホームランみたいなのを狙わなくてもいいじゃん。日常会話なんだから」


藤村 「もう最悪だよ。俺の心の内を暴かれたせいで頭の回転早いやつって余計に思われなくなった」


吉川 「いや、でも考えようによってはそのアクロバティックな切り返しは頭の回転早いと言えなくもないよ」


藤村 「そんなギア比によっては回転早いですねみたいな注釈いらないんだよ! 一発で感心されたかった!」


吉川 「わかった。じゃあ二週間後に聞くから考えておいてよ」


藤村 「軽率に人の二週間を奪うなよ! 俺がこれから二週間どんな気持ちで過ごさなきゃならないと思ってるんだ!」


吉川 「前もって教えろって言われたから言ったのに」


藤村 「むしろハードルがビョンビョン上がってるんだよ! 二週間経って平凡な答えだったら、もう頭が二週間で一回転もしてないと思われちゃうだろ」


吉川 「別にお前の頭の回転数を計ろうとして聞いてるわけじゃないんだけど」


藤村 「ナチュラルに計ってるんだよ! 悪意なく。それが余計に悪い!」


吉川 「わかった。もう聞かないよ」


藤村 「いや、チャンスは欲しい。もっと俺の体調が万全で思考がクリアな時。今なら最高の答えが出るなって時を見計らって聞いて欲しい」


吉川 「そんな面倒な思いまでして話す内容じゃないんだよ。そんな当たる宝くじだけ買ってこいみたいな無茶言うなよ」


藤村 「おいおい、今の当たる宝くじだけ買ってこいって表現、頭の回転の早さを見せつけたわけ? 俺はこんなもんだけどって?」


吉川 「そんな気の利いた表現じゃないだろ」


藤村 「ナイス回転じゃん。それ俺が言ったことにしたかったよ! 俺の頭の回転から生み出したかったフレーズだよ!」


吉川 「じゃあいいよ。あげるよ」


藤村 「よし! 今、最高に頭の回転が早まってきてる!」


吉川 「……もし今何か願い事が叶うとしたら、何にする?」


藤村 「宝くじ!」



暗転

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