任せ

吉川 「ここは俺に任せて先に行け!」


藤村 「吉川……」


吉川 「なぁに、必ずあとから追いついてみせるさ」


藤村 「吉川、お前はいつだってそうだ。周りのためにまず自分を犠牲にしていく。あの時もそうだった。そう、俺たちがまだ若く未熟でなにもわからず、がむしゃらだった時。今考えてみると無謀すぎることでも、なにかがそこにあると信じて手を伸ばしていたあの時!」


吉川 「そ、その話長くなるか? とりあえずいいから先に行ってくれないか?」


藤村 「わかった。じゃあ、途中は色々端折ってサビの部分だけ。あの頃の俺たちは……」


吉川 「サビもいい! 今はいいから! 先に行けって。もうあんまりもたないから!」


藤村 「そう? 結構感動すると思うけど? もうダメだと思った時に最後のガッツが湧いてくるようなエピソードだから聞いておいた方がいいと思うんだけど」


吉川 「最後のガッツ頼みになる前に先に行ってくれ」


藤村 「わかった。じゃあこれを置いていく。師匠の形見だ。あげるわけじゃないぞ? 必ず追いついて返しに来い」


吉川 「わかった。さぁ、早く行け!」


藤村 「あとウェットティッシュ。抗菌のやつだから安心して。それと塩タブレット。これは熱中症対策ね。あと虫除けスプレー。汗で流れちゃうからこまめにかけて」


吉川 「お母さんか! そんなのはいいから早く行け!」


藤村 「そんなの? そんなのって言い方はなくない? せっかく人がわざわざさぁ」


吉川 「状況わかってる!? お前が急ぐために今俺が耐えてるの! 早く行けって!」


藤村 「それはいいから。ちょっと一回ちゃんと話をしよう」


吉川 「いいからで良くできないから俺が耐えてるんだよ!」


藤村 「そんなこと言っても、こういうのはその場でちゃんと話し合っておかないと後々遺恨を残すことになるんだよ」


吉川 「早く行けっつーの!」


藤村 「すぐそれだ! 都合が悪くなるとそうやって排除して。結局そんなのは問題の解決を先延ばしにしてるに過ぎないし、状況はどんどん悪化するんだよ?」


吉川 「そうだよ、状況はどんどん悪化してる。今まさに! もう結構ヤバい。早く行ってよ、マジで」


藤村 「いいや。今までなんだかんだでそういう態度を許していた俺の方も悪かった。せっかくの機会だからこの際きちんと話をつけたい」


吉川 「せっかくの機会ではない! 俺の人生の中で今最もせっかくの機会から遠いタイミング! この状況で悠長に話してられないんだよ!」


藤村 「ならどんなタイミングならいいんだよ! こういうのは話しづらいものなんだから。誰だって向き合いたくないよ。でもそうやって甘やかしていたらいつまでもタイミングなんて来ないぞ」


吉川 「しっかりした感じで説得しに掛かってるけど、この状況分からない? もうダメかも」


藤村 「ダメじゃない。今からだよ! 今やり直すんだよ!」


吉川 「発破をかける状況がおかしいんだよ。やり直しじゃなくて進む方向でいこうよ。俺がなんのために耐えてると思ってるの?」


藤村 「それを言ったら俺だってお前のためを思ってあえて嫌われ者になろうとしてるんだぞ」


吉川 「あえなくていいんだよ! お前がさっさと行かないから嫌いになってるだけで。お前の考える俺のための行動はまったく俺のためになってないんだよ!」


藤村 「誰だってそうだよ。俺だって子供の頃は母さんをうるせえババアだと思ってた」


吉川 「いつかわかるありがたみの話をしてるんじゃない! 何年たってもそれはひっくり返らないから! むしろいつかが来ない可能性が高くなってるの!」


藤村 「そうか。そこまで頑なに言うのか。どうしても俺に行って欲しいんだな」


吉川 「できればもうちょっと前のタイミングで行って欲しかったよ」


藤村 「こうなったら腹くくった! 俺はここから一歩も動かんぞ!」


吉川 「なんでそっちに転ぶんだよ! もういいよ、じゃあここはお前に任せるから、俺は先に行く! ほら、虫除けスプレー」


藤村 「あ、ちょっと。俺も俺も!」


吉川 「全然腹くくれてねぇ!」



暗転

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