負け分

吉川 「しかたないけど、負けは負けだ。潔く敗北を受け入れなきゃな」


藤村 「うん。残念だけど」


吉川 「でもこれで全てが終わったわけじゃない。また次がある」


藤村 「今はそこまで考えられないや」


吉川 「そうか。でも負けたけど、ここで立ち上がる闘志までなくなっちゃったらそれこそ最悪だから」


藤村 「お前ってやつは負けてもポジティブだな」


吉川 「だってそうだろ? 悔やんでもあの辛い練習の日々は返ってこない。それも経験だと思えば報わるじゃん」


藤村 「そういう考え方もあるか」


吉川 「そうだよ。気持ちを切り替えていこう」


藤村 「わかった。じゃあ参加費の2000円は、返してくれる?」


吉川 「……ん? 誰に言ってる?」


藤村 「お前に」


吉川 「俺? え、どういうこと?」


藤村 「参加費の2000円」


吉川 「参加はしたじゃん」


藤村 「した。でもそれは勝つためにしたことだから。負けたことだし、返してくれるのが筋だよね」


吉川 「どの筋?」


藤村 「こんな負けたままで帰れないよ」


吉川 「みんなそうだよ。負ける前提で参加する人はいない。だけど、ほとんどの人が負けるんだよ。でも思い出ができたじゃん」


藤村 「思い出なんて一文にもならないよ。明日には忘れるよ」


吉川 「それはお前の記憶力の問題じゃない?」


藤村 「負けてさ、悔しい思いだけ味わわされて、おまけに金まで取られて、踏んだり蹴ったりだよ」


吉川 「そういうものだから。だからって参加費を俺から回収しようとしてるの?」


藤村 「他に誰がいるんだよ!」


吉川 「いや、俺からしてみたら踏んだり蹴ったりな上に跨がられて追い打ちを喰らってる状況になるけど?」


藤村 「もうそこまでいったら諦めつくだろ」


吉川 「つかないよ。その跨がられ追い打ちは別に受けなきゃいけないわけじゃないだろ!」


藤村 「お前以外に誰がいるんだ? 見知らぬ人に跨り追い打ちしたら犯罪だろ?」


吉川 「いやいやいや、俺にだって犯罪だよ」


藤村 「だってお前は思い当たる節があるわけじゃん。負けたことをポジティブに受け入れてるわけだし」


吉川 「節はあるけど、筋はないんだよ! 参加費は俺だって払ってる。みんな払ってる」


藤村 「だーかーらー、お前は思い出を持って帰れば満足なんだろ? それでいいじゃん」


吉川 「満足って言っても、そこまで満足じゃないよ? 俺だって勝ちたかったし、悔しいし」


藤村 「でもプラマイで言えばプラス側だろ? 俺はほら、マイナスだから。取り戻さないと」


吉川 「プラスとかマイナスは心の持ちようじゃん。お前のマイナスはお前の心で処理してもらわないと」


藤村 「でも目の前に同じ境遇でもプラスのやつがいるんだぞ? そこは平均化しないと不公平じゃないか」


吉川 「俺だってなんとか絞り出したポジティブなんだよ。ただプラスなわけじゃない」


藤村 「いいや、お前は最初からなんだかんだで儲けてる感じがあった」


吉川 「そりゃだってそうだろ。人生ってのは経験なんだからさ。負けることも当然考えてるし、それを損だと思うなら初めから参加はしないよ」


藤村 「俺は勝ってやっと払い戻しで元が取れると思って参加したよ?」


吉川 「ギャンブルじゃん。あんまりそういう考えしなくない? イベントに参加するってのはもう参加した時点で元が取れてるという気持ちが普通でしょ?」


藤村 「なるほど、お前は元が取れてるんだな。じゃあ、返してよ」


吉川 「だからなんで俺から取り立てるんだよ! その損失は自己責任だろ」


藤村 「持つ者が持たざる者に手を差し伸べる。ノブリス・オブリージュの精神だよ」


吉川 「俺だってそんなに持ってるわけじゃないんだよ」


藤村 「でも儲かったんだろ?」


吉川 「金は儲かってないよ! 金銭的には損だよ。それはみんな一緒」


藤村 「俺だってただで金をよこせって言ってるわけじゃない。俺の負けた思い出の分も差し出すから、2000円くれといってるんだよ」


吉川 「どういう理屈なんだよ!」


藤村 「言ってみればお前は負けた思い出を買うために2000円払ったんだろ? その価値があると思って。だから、俺の分もあげるから」


吉川 「重複していらないよ! 敗北の思い出を別視点でってシステムないだろ」


藤村 「わかった。じゃあ今回だけ特別に1000円でのご奉仕です!」


吉川 「いらないものにお得感を出されても困るけど。まぁ、そんなグチグチ言われるならもういいよ。1000円払えばいいんだろ! これでもうこの件は終わりな!」


藤村 「わかった。ところで今1000円まけてあげたんだけど、そのまけた分は……」




暗転

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