ぺてんし

亞泉真泉(あいすみません)

タクシー

藤村 「お客さん、どちらまで?」


吉川 「あ、勝どきまでお願いします」


藤村 「勝どき。どうします? 高速使います? それとも勘でいきます?」


吉川 「え。どういうこと? 高速は使わなくていいですけど」


藤村 「じゃあ、下のお口で」


吉川 「下の。ちょっと待って。色々ちょっと待って。なんかわけがわからない。混乱が収束しないまま次の混乱に突入するのやめて欲しい。なに勘て。高速 or 勘って、対偶が取れてない。どっちかになってないでしょ? 高速じゃないけど勘も嫌! ちゃんとしたルートを調べていって欲しい」


藤村 「ちゃんと調べで?」


吉川 「そんな用語があるとは思えないけど、それでお願いします」


藤村 「ちゃんと調べかぁ。久しぶりなんで緊張します」


吉川 「なかったの? 今まで殆どの客は勘を許容してたの?」


藤村 「だいたいそういう時は高速に乗っちゃうんで。下のお口かぁ」


吉川 「下の! それ! なに!? そんな言い方昭和のエロ劇画でしか見たことない!」


藤村 「下の。もうこんなんなっちゃってる」


吉川 「こんなんってどんなんだよ! 一般道のことだろ! 口はどこから出てきたんだよ!」


藤村 「下のと言えば口じゃないですか?」


吉川 「パターンそれしかない? 色々あるだろ、下の属性を持つ言葉。というか、口こそほぼ使わないよ!」


藤村 「どうします? ブレーキでいきます? アクセルでいきます?」


吉川 「その選択を委ねるの? 客に? アクセルでって言いたいけど。言い切っちゃうのも逆に怖い。ブレーキも適時踏みながらちょうどいい感じでやって欲しい」


藤村 「最終的にどうします?」


吉川 「最終的に? そんな突き詰めた答えを聞いてくるの? 用意できてない! 問題がピーキー過ぎて答えが用意できてないよ!」


藤村 「そんなこと言われてもお客さん。もう賽は投げられたんですよ?」


吉川 「怖い言い方! タクシーに乗っただけなのにそんな運命みたいなの決定されてるの?」


藤村 「もうあとは進むか、戻るか、道なりに行って突き当りを右に行くかだけです」


吉川 「運命の分かれ道みたいに道路事情を教えてくれてるの? それはもう、おまかせするしかないんだけど」


藤村 「勘で?」


吉川 「なんで勘を挟みたがるんだよ! さっきのちゃんと調べはどうした?」


藤村 「でもせっかくなんで、一か八かあの細い一方通行に突っ込んでみませんか?」


吉川 「なんでだよ! まだ全然遠いのに細い道を通る必要ないだろ。近くまでは大通りをザーッと行けよ!」


藤村 「そうは言ってもこの時間だとしぶとどこおりが凄くて」


吉川 「しぶとどこおり! 渋滞ね! しぶとどこおりって読まないだろ。音のイメージが淀んでる!」


藤村 「あ、渋滞派ですか」


吉川 「派はない! 全員が渋滞と読むんだよ。しぶとどこおり派の人、どこの隠れ里に潜んで生きてるんだよ! 会ったことないよ」


藤村 「でもそうなると、渋くて滞ってることなんて言うんですか?」


吉川 「渋くて滞ってる状況を指し示したこと人生で一度もないから! なに? 滞ってるのはわかるけど、渋いって。渋と滞りが同時発生してる状況は天地開闢以来一度もないんだよ! だから人類はしぶとどこおりという言葉を生み出す必要がなかった! 渋滞は渋滞!」


藤村 「ハイハイ。仰る通りに」


吉川 「なにその不遜な態度! こっち間違ったこと言ってないだろ!」


藤村 「お客さん、今サービスで車内で軽犯罪を行ってるんですけど、よかったらどうです?」


吉川 「どうもこうもないよ! サービスで軽犯罪って成立しないよ。サービスにもしていいことと悪いことがあるだろ。お、サービスなら一つ試してみようかなって軽率に誘うなよ! 反社の人間かよ」


藤村 「あ、すみません。じゃあしまいますね」


吉川 「何を出してたんだよ! 何のサービスにもなってない何をどうしてたんだよ! こっちが一個も得しない何をしでかしてたんだよ!」


藤村 「すみません。ちょっとスピードを出してました」


吉川 「こんなメチャクチャなのに、最後だけ上手いこと返すなよ!」



暗転

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