メニューのない

藤村 「うちはメニューはないから」


吉川 「こだわってるんだ」


藤村 「まぁ、世の中には器用に色々なラーメンを出すお店もあるけど、俺はそこまで手が回らなくてね。なにせ魂を込めてるから」


吉川 「じゃ、そのラーメンで」


藤村 「その前にお客さんには説明しなきゃいけないな」


吉川 「まずはスープからとかこだわりがあるんですか?」


藤村 「いや、今日はちょっと失敗してるから」


吉川 「ちょっと失敗したの? 失敗してないやつは?」


藤村 「大丈夫大丈夫。ちょっとだから」


吉川 「ちょっとでも失敗してない方がいいんだけど。いつも失敗してるの」


藤村 「まぁ、日替わり定食みたいなもんだ。今日はちょっと失敗ラーメン」


吉川 「そんなどこにたどり着くかわからないミステリートレインみたいな日替わり定食ないでしょ」


藤村 「でもお客さんは運がいい。大失敗する時もあるからね。もうその時はお客さんも気の毒だなと思いながら出してる」


吉川 「出すなよ、失敗したら。成功する日もあるんでしょ?」


藤村 「先週は成功したな。あれはよかった。2年ぶりの成功」


吉川 「その間隔でしか成功しないの? 2年間ずっと失敗?」


藤村 「失敗の中でも色々あるから。なんせ素材の状態もあるし気温や湿度によって日々変わっていくものだから。料理なんてこれで完璧ってものはないんだよ」


吉川 「そうか。こだわった上での失敗なんだ。もうそれは素人にはわからないレベルの誤差じゃないですか?」


藤村 「今日は醤油とバルサミコ酢間違えちゃって」


吉川 「明らかな失敗! 料理下手なヒロインがやるような失敗! なんでバルサミコ酢置いてあるの? ラーメン屋なのに」


藤村 「まかないで食べようと思って。黒っぽいから油断したー」


吉川 「同情の余地のない100%お前の責任の失敗。それで金を取る気なの!?」


藤村 「でもこういう失敗が発明の母になるわけだから」


吉川 「なるぅ? だってこだわりのラーメンなんでしょ? メニューすらない。発明する意味ないでしょ」


藤村 「そんなことないよ。例えばこれ、傘の柄にスマホを着けられるアタッチメント」


吉川 「全然ラーメンと関係ない発明! 街の発明おじさんじゃない」


藤村 「ラーメンの失敗に関しては、ある程度早めに諦めて気持ち切り替えることにしてるから」


吉川 「切り替えて発明に打ち込んでるの? じゃあもうメニューのないなんてこだわってる風なのやめなよ」


藤村 「いいか? このレベルの話を理解できるかどうかわからないけど、もしメニューなんて置いたらそれこそ色々やることが増えて失敗する可能性が高いだろ? 人間ってのはさ、やることが増えるとそれだけパニックになるんだから」


吉川 「含蓄ある職人の言葉みたいに言ってるけど、内容はしょうもないな。そういうの上手いことやるのが仕事じゃないの?」


藤村 「ただ一つ。全神経を注いでこの一杯に集中する。そうしなければこの高みまでは登ってこれないんだよ」


吉川 「その高みはバルサミコ酢入ってるんでしょ? 頂上にたどり着いたら噴火してる登山じゃん」


藤村 「この店を始める前に色々なラーメン屋で働いたけど、そういう点ではどの店もダメだったな」


吉川 「ダメだった理由が有り有りと想像できるな。相当使い物にならなそう」


藤村 「とやかくいうのは味わってからに。……あ、やべ。スタミナ貯まっちゃってる。回さなきゃ」


吉川 「ソシャゲ! 気の散り方が凄い。普通接客中にやる?」


藤村 「やべ、こっちもじゃん。うわ、水着衣装バージョンの排出率10倍!?」


吉川 「掛け持ちで忙しいやつ! そりゃ失敗するよ。全然集中できてないよ。早くラーメン出せよ」


藤村 「はい、これ丼」


吉川 「ラーメン丼のみ! しかも小ぶりの。空の丼出されてどうすりゃいいんだよ!」


藤村 「そこから適当に好きなだけ取っていってください」


吉川 「ビュッフェスタイル? 確かにメニューいらないか」



暗転

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