論文

吉川 「教授、この論文、本当にこれでいいんですか?」


教授 「どういうことだ、吉川くん。私の論文に意見でもあるのか?」


吉川 「いえ、そういうわけじゃないんですが」


教授 「この論文を書き上げるのにどれだけ注ぎ込んだか。私の研究20年の集大成だぞ」


吉川 「それはわかるんですが」


教授 「いいや、わかってないな。確かに反論もあろう、それこそがアカデミズムだ。しかし発表前の論文にケチを付けるのは研究者としての姿勢が問われるな」


吉川 「そうじゃなくて、本当にファイルこれで大丈夫ですか?」


教授 「もちろん大丈夫に決まっている。十分に内容は精査したし誤字なども学生にチェックしてもらってる」


吉川 「というか、ファイル違ってません?」


教授 「この私が間違えるとでも? 確かに今までなかった説ではあるが決して飛躍しているというわけではない。むしろ細かいデータの積み重ねによりたどり着いた説だ」


吉川 「そうじゃなくて。ファイルが」


教授 「私はこの論文に命をかけてる! この論文によってこの分野は少なくとも一歩前進することを確信している! もし異なる説が出てきたとしたらそれこそ研究者として本望だよ」


吉川 「このファイルでいいんですね?」


教授 「命賭ける!」


吉川 「この『転生したらギャル姉ができてた件』というファイルで?」


教授 「え?」


吉川 「やっぱり違いますよね、ファイルが」


教授 「……別に?」


吉川 「別にってなんですか。違うんですよね?」


教授 「違ってないが?」


吉川 「引くに引けなくなってません? だってこれ論文というより小説ですよ?」


教授 「読みやすさを重視しただけだけど?」


吉川 「本当ですか? いいんですか、これ学会誌に送っちゃって」


教授 「送っちゃう気なのか?」


吉川 「そのために転送してもらったんですから。送りますよ」


教授 「もしだよ? もし、それが違うファイルだったとしたらどうする?」


吉川 「どうするって、修正すればいいじゃないですか」


教授 「命賭けちゃったんだけど? 殺すってこと?」


吉川 「別に殺さないですよ」


教授 「半殺しですむってこと?」


吉川 「そんなに素直に命賭けるって言葉受け止めてないですよ。違うんですね?」


教授 「……違わないけど?」


吉川 「頑なだな! 『転生したらギャル姉ができてた件』ってファイルを学会誌に送っていいってことですか? なんですか、この小説は!」


教授 「小さい頃はあんなに優しかったお姉ちゃんがギャルになっててだな」


吉川 「説明は別にいいですよ。そんなの転生しなくてもガールズバーとか行けばいいじゃないですか」


教授 「血の繋がりがあるからこそだろ! あと共に過ごした時間が違う。お姉ちゃんはギャルで素っ気なくなってるけど本心では弟のこと大好きだから!」


吉川 「知らないですよ! それを送られてきた選考委員はどんな顔して読めばいいんですか」


教授 「意外とちょいいちょい可愛い表情見せるのよ、これが」


吉川 「ギャル姉の表情はどうでもいいですよ! これ論文じゃないでしょ!」


教授 「読む人が読めば心は伝わるから!」


吉川 「心を伝えるんじゃなくて研究成果を伝えるんじゃないんですか?」


教授 「研究は心だよ!」


吉川 「ちょっと含蓄ある言葉っぽいこと言わないでくださいよ。このシチュエーションで。今言われても全然響かないですよ!」


教授 「もしドラゴンボールがあればこの状況を全てやり直せるのに!」


吉川 「神龍に頼まなくてもいいでしょ。間違ってたって言えば」


教授 「間違ってないが?」


吉川 「なんでだよ! その頑固さ何なんですか。この論文を送りますよ?」


教授 「もうお終いだ……」


吉川 「そこまで言うならなんで一言謝れないの! 違ってた、こっちのファイルだった、送り直す。で済む話じゃないか」


教授 「命が!」


吉川 「命かかってないから! 全部なしでいいんで」


教授 「そうやって命の恩人になって貸しを作ろうって気だろ!」


吉川 「そんなしょーもない取引しないですよ!」


教授 「いくらそんな恩を売ってもな、ギャル姉は渡さないぞ!」


吉川 「妄想に侵食されてる!」



暗転

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