ファン

藤村 「すみません、ひょっとして暴れキシリアン、ヴォーカルの吉川さんですか?」


吉川 「そうですけど」


藤村 「うわぁ! 私大ファンなんです! 先日のライブも行きました!」


吉川 「あ、どうも。サンキュー」


藤村 「今日はベースの笹咲さん一緒じゃないんですか?」


吉川 「一緒じゃないよね、プライベートだから。笹咲が好きなの?」


藤村 「はい! もう最高で」


吉川 「ふぅ~ん。俺は?」


藤村 「邪魔です」


吉川 「邪魔? 邪魔ってどういうこと?」


藤村 「たまに笹咲さんが見えなくなるんで」


吉川 「バンドだから! 全員でバンドだから、そういうパフォーマンスだから」


藤村 「たまにちょっと黙って欲しいなって時あります」


吉川 「ヴォーカルを!? そんなお喋り好きな親戚のおばさんみたいに思わないでしょ、普通」


藤村 「たまにです」


吉川 「たまにも思うなよ。全部で音楽なんだから」


藤村 「だから見る時はいつも右目の方を薄眼にして見てます」


吉川 「あんまり意味ないだろ、右だけ薄眼にしても。右側が隠れたりしないよ。目ってそういう機能じゃないから」


藤村 「あれ? ひょっとして吉川さんのファンだと思いました? いるわけないのに」


吉川 「いるわけないって聞き捨てならないだろ! いるよ! 俺にだってファンは」


藤村 「そんなことないよー!」


吉川 「コール&レスポンスじゃないんだよ! しかも答え間違ってるよ! 否定形の答えは今望んでないんだよ!」


藤村 「すみません、いつものMCみたいに失笑を買うのが目的かと」


吉川 「いつものMCも失笑を目的にしてないよ! それなりに盛り上がってるだろうが!」


藤村 「そんなことないよー!」


吉川 「だから違うって! その返し一辺倒か。トークもそれじゃ弾まないよ」


藤村 「でも実際に生で見ると意外と油っぽくないんですね」


吉川 「人のことトンカツだと思ってる? ステージ上で『あの人油っぽいな』ってどんなパフォーマンスなのよ」


藤村 「ただしつこいはしつこいです」


吉川 「バンドを見てそんな胃もたれしそうな感想抱くことある? 少なくともファンと自称する人が」


藤村 「もちろん大ファンです! メンバー全員大事ですし、吉川さんも必要悪みたいなもので」


吉川 「必要悪なんてバンドにいないんだよ! ヴォーカルだぞ! フロントマン!」


藤村 「いなきゃいないでありがたいですけど」


吉川 「真っ直ぐにそう答えるの暴言だよ! ファンとかファンじゃないとか以前に人として失礼だろ!」


藤村 「すみません。吉川さんが人として煩わしいから」


吉川 「人としてってそういう時に使う言葉じゃねえよ! 人として煩わしいって言われちゃったらもう救いようがないだろ! せめてバンドマンとして煩わしいと言えよ」


藤村 「バンドマンとして意識したことなかったので」


吉川 「そんなことある? 笹咲の隣にいつもいるのに。何の人だと思ってたの?」


藤村 「そんなこと言われても。マイクに対して『うわぁ、あのマイクどこどこのだ。高いんだよなぁ。年季入ってるなぁ』とか思わないじゃないですか。邪魔でもしょうがないし、いちいち気にしてたらパフォーマンスのノイズになるし」


吉川 「そのレベルでノイズキャンセルされてたの? 俺の存在自身を?」


藤村 「違うんです違うんです! 失礼に当たったら申し訳ないですけど、もう笹咲さんが好きすぎて彼以外見えなくて」


吉川 「失礼にしか当たってないけどね。むしろ失礼って概念知ってたのかと驚愕してるよ。他のメンバーのことはどう思ってるんだよ」


藤村 「もちろん、横の方でウロチョロしてるのをいつも楽しく見てます」


吉川 「ウロチョロしてるわけじゃないんだよ。完全に邪魔者扱いしてるじゃん。それぞれが仕事をしてるのに」


藤村 「すみません。言葉が足りませんでした。右往左往してるのが最高です」


吉川 「あんまり変わってないんだよ! どっちにしろ目に入ってないじゃねえか。サウンドはバンドみんなで作り上げてるものなんだから。そもそも俺たちの音楽が好きでファンになったんだろ?」


藤村 「そんなことないよー!」


吉川 「じゃあもう二度と聞かなくていいよ!」



暗転

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