負けず

吉川 「俺は負けず嫌いだからなー」


藤村 「じゃあ相性がいいじゃん。俺は負け嫌いだもん」


吉川 「いや、だから俺もそうだって」


藤村 「は? お前は負けず嫌いだろ?」


吉川 「そうだよ」


藤村 「俺は負け嫌い」


吉川 「負け嫌いってなんだよ。ないだろ、そんな言葉」


藤村 「負けが嫌い。勝つのが好き」


吉川 「それが負けず嫌いだよ」


藤村 「が嫌いなんだろ? 打ち消しのず。『叶わず』『現れず』のず。ないっていう意味の否定形。負けずはつまり負けない、勝つってことだよ」


吉川 「違うだろ。負けずは負けずだよ。負けることが嫌いな人を負けず嫌い」


藤村 「それは勝たず嫌いだろ? 勝たずが負けを意味するんだから」


吉川 「ややこしいな。そのは違うなんだよ。否定じゃないやつもあるだろ」


藤村 「ひょっとして、複数形のズ?」


吉川 「負けーズってこと? そんな悲しいチーム名ある? やる前から負けーズ」


藤村 「気合い入れてくぞー! 負けーズ! ファイ、オー、ファイ、オー!」


吉川 「そこまで自虐を全面に出したチームないだろ。志が低すぎる」


藤村 「絶対応援したくないな。負けーズ。負けズ嫌いだわー」


吉川 「アンチ負けーズの通称が負けズ嫌いなの? アンチどころかそもそもファンいるのか、そのチームに」


藤村 「ともかくお前は勝ちが嫌いなタイプだろ? なんか勝っちゃうと調子に乗っちゃって自分を見失いがちになる自制の効かないタイプ」


吉川 「そんなタイプいる? 俺は負けず嫌いだから控えめにしておこう、みたいな。どうぞどうぞ、私は負けず嫌いなんでこのあたりで辞退します。みたいの」


藤村 「自覚している辺り偉いと思う。ほとんどのバカは身持ちを崩してから自分の愚かさに気づくから。宝くじが当たったせいで破産したやつとか。負けず嫌いのお前は人間ができてる」


吉川 「そういうことじゃなくない? 負けずで負けるって意味なんだよ。負けるのが嫌いなんだよ」


藤村 「じゃあ宮沢賢治の雨ニモマケズは雨に負けるってことか? 雨に負けて悲しいっていう詩なのか? 雨にも負ける、風にも負けるんだよ? あ、エロ本が落ちてる! と思って開いたらガビガビになっててグラビアページなんて色落ちしてて、捨てるならもっと安全な場所に捨てろよ、雨にも風にも負けやがって、クソ! って思ったことを詠んだ詩か?」


吉川 「この令和の世にエロ本落ちてないだろ」


藤村 「宮沢賢治の時代は落ちてたから」


吉川 「あの時代もグラビアページないよ! ちょうど狭間の昭和の一時期だけだろ!」


藤村 「でもほら、今でも地方の方に行くと付録でついてたDVDとか落ちてる場合あってすごい気にならない?」


吉川 「そんなものにドギマギしてるんじゃねえよ! 15歳かよ!」


藤村 「フィールドでエンカウントするエロは経験値が10倍だから」


吉川 「何の攻略だ! 路上で遭遇したエロコンテンツの話題を膨らますなよ!」


藤村 「お前が負けず嫌いなくせに折れないから話が脱線するんだろうが!」


吉川 「負けず嫌いだからこそ折れないんだよ! お前が間違ってるんだって! 俺は実際に間違ってないし、負けず嫌いは負けたくないという精神を表現すると信じてるんだから!」


藤村 「だったら普通に負ける嫌いでいいだろ! オレ、マケル、キライ! トモダチ、クワナイ!」


吉川 「なんで獣人っぽくなってるんだよ。友達じゃなくても食うなよ。そういう言い回しが昔からあるんだからしょうがないだろ。ひょっとしたら現代の言葉遣いでは適切じゃないかも知れないけど、古い表現というのはそれはそれで意味を持ってるんだから否定すべきじゃない!」


藤村 「だからこれを機にアップデートしろって言ってるんだよ! 負け嫌いでいいだろ!」


吉川 「語呂の問題もあるんだよ。もう口が負けず嫌いで馴染んでるんだから、負け嫌いはなんか物足りなさを感じるんだよ」


藤村 「馴染めよ! 現代に馴染めよ! 過去の郷愁に囚われてないで戻ってこいよ

!」


吉川 「オトナ帝国みたいなこと言いやがって。このわからず屋!」


藤村 「……そのってのはさ?」



暗転

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