手品

藤村 「このコインがグラスを貫通します。よく見てください。よーく見て」


吉川 「はい」


藤村 「ちゃんと見てます? もっと近づいてちゃんと見て」


吉川 「……クサッ!」


藤村 「はい、通りました」


吉川 「えー。臭い! なにこれ? 臭い! そのコインが異常に臭い!」


藤村 「見事通りました」


吉川 「見れてない! ちょうど顔を背けた時! ズルいでしょそれは」


藤村 「見てなかったんですか?」


吉川 「見てない。っていうか、見てられなかった。臭すぎて」


藤村 「ちゃんと見てくださいって言ったのに」


吉川 「だって臭いから。クサで妨害する手品ってあるの?」


藤村 「臭ディレクションですね」


吉川 「ミスディレクションみたいに言うなよ。なんていうか、手品のしてやられてたっていう爽快感が一つもないんだよ!」


藤村 「グラスをコインが通ったのに」


吉川 「今となっては貫通しようがしまいがどうでもいいよ! 臭いことしか記憶に残ってない。こんな臭メモリー抱えて家に帰りたくない」


藤村 「じゃあトランプはどうでしょう?」


吉川 「臭いんじゃないの? 臭かったらもう嫌」


藤村 「大丈夫です。試しに嗅いでみてください」


吉川 「ん~、どうだろ。なんかさっきのコインの激臭が一帯に漂っててちゃんと判断できない」


藤村 「多少匂いが移ってるかも知れないけど、そんなには臭くないでしょ?」


吉川 「確かにそんなには臭くないけど、手品をやるのにそんなには臭くないか確認するターンがあるなよ! 普通は全部臭くないんだよ」


藤村 「では一枚選んで。はい、覚えたら好きなところに挿してください。トランプを一枚ずつ置いていきますから好きな数字を言って下さい」


吉川 「17」


藤村 「大丈夫ですか? 17で。93じゃなくても」


吉川 「クサに引きずられてるじゃん。ないだろ、トランプは93枚も」


藤村 「……16、17。このカードですね。ここに伏せておきます。ではこのカードから目を離さないで」


吉川 「はい」


藤村 「よく見ててくださいね」


吉川 「はい」


藤村 「えいっ」


吉川 「プシュッてきた! なにこれ! なに、目に入った」


藤村 「このトランプはなんと先程のカードに」


吉川 「どうでもいい! なんか液体がプシュッて! なに!?」


藤村 「毒霧ですね」


吉川 「毒霧? 意味がわからない。死ぬの?」


藤村 「いえ、プロレスで使われる毒霧なんで安心安全です」


吉川 「安心安全じゃないだろ! 目に入ったんだよ!」


藤村 「大丈夫です。身体に悪い成分は一切入ってません」


吉川 「入ってなかったとしても毒霧を噴射するなよ! バカなの?」


藤村 「見てください、このカード」


吉川 「もうカードどころじゃないんだよ! こっちは毒霧食らってるんだよ! やるか、手品で?」


藤村 「毒ディレクションです」


吉川 「そんなディレクションあるかよ! 手品界から永久追放されろよ」


藤村 「わかりました。じゃあ次は鳩の……やつはグッタリしてるんでやめて」


吉川 「臭さで弱ってるじゃん! 色々な方面からお叱りの声が届け!」


藤村 「最後にこのグラスにコーラを注ぎます」


吉川 「もう液体は嫌だよ! トラウマになってるよ」


藤村 「あ、その前に顔を拭いた方がいいですよ? 真緑になってるので」


吉川 「毒霧のせいだろ! 見てる人の顔が勝手に真緑になることなんてないんだよ!」


藤村 「このコーラが注がれたグラス、これを逆さにしたらどうなると思います?」


吉川 「こぼれるだろ」


藤村 「こぼれたら大変なことになりますよね?」


吉川 「なるけどさ、なんかこの辺がもう毒霧でビタビタになってて大変なことになってるんだよ。すでに。おまけに臭いし。たとえコーラがこぼれたところで誤差の範囲だよ」


藤村 「ではこのグラスをよく見てください」


吉川 「なんかやだよ、見るの。ろくなことがない」


藤村 「よく見てください。ちゃんとコーラが入ってますね」


吉川 「はい。ちゃn……痛っ!」


藤村 「ジャジャーン!」


吉川 「ジャジャーンじゃないよ! 殴っただろ! 純粋なバイオレンスをしてきただろ!」


藤村 「拳ディレクションです」


吉川 「そんなディレクションあるかよ! 悪の道に逸れた忍者だってもっと穏当だよ! 暴力ふるわれてコーラなんて見てられるかよ!」


藤村 「言ったのに。なんでちゃんと見てないんですか?」


吉川 「殴られたからだよ! 暴力の隙に行われる手品は存在しちゃいけないだろ!」


藤村 「そう思うでしょ? でも私のこの拳をよく見てください」


吉川 「その拳がどうし……クサッ!」



暗転

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