誰がために

吉川 「お前のためを思って言ってるんだぞ!」


藤村 「わかりました。ありがとうございます」


吉川 「以後気をつけてくれ」


藤村 「はい。ところでお昼はカツ丼を食べたいと思ってます」


吉川 「もうそんな時間か。まぁいい。食べてこい」


藤村 「それは奢ってくれないということですか?」


吉川 「なんで? なんで説教受けた直後に奢ってもらえると思ってるの? メンタルが盤石過ぎない?」


藤村 「私のためを思って言ってくれたのなら、私のためを思って奢ってくれるものかと」


吉川 「おぉ? どういうこと?」


藤村 「私のためを思って説教をしたんですよね?」


吉川 「そうだよ。元はと言えばお前がしでかしたんだから」


藤村 「そんなに私のことを思ってるのなら奢ってくれるのが筋じゃないですか?」


吉川 「そんな筋をよく見つけたな。筋じゃない白っぽい繊維を無理やり筋って言い張ってない?」


藤村 「奢ってもくれないということは、別に私のことを思ってたわけではなかったということになりますよね? 説教もただのパワハラだと」


吉川 「まさかこの状況から反撃がきたか。殊勝に聞いてると思ったら。しかもダメージ大きめの振りかぶったやつを」


藤村 「私のためを思ったわけじゃなく、ただご自身のストレス解消のためだったんでしょうか? もしそうだとしたら信頼していた上司に裏切られた精神的な苦痛も非常に大きいことになります」


吉川 「反撃の手が休まらない。違うんだよ。説教は業務上必要だったからしたまでで、別に私憤でやっていたわけではないんだ」


藤村 「でも私のためを思っててくれたんですよね? 違うんですか?」


吉川 「キミのためっていうか、ひいてはチームのためというか、今後の業務を円滑に進めるために必要だったからしたまでだ」


藤村 「私のためではなかったのに、私のためと謀ったわけですか? バカだと思って? そう言っておけば恩を着せられると思って?」


吉川 「そうは言ってないじゃない? 極端なんだよ。どっちも兼ねてやってるわけで」


藤村 「私への気持ちが少しでもあったのなら、その分を奢りにしてくださいと言ってるだけです」


吉川 「いつでもお選びの商品に変換できるオトクなポイントみたいに考えないでよ。仕事としてやってるんだから」


藤村 「だったら仕事として奢ってください」


吉川 「仕事として奢りってのはないだろ。中間管理職にはそんな権限はないんだよ」


藤村 「だったら説教する権限も怪しいものですね」


吉川 「同列に考えてる? 全然別物じゃない? 仕事するの初めて?」


藤村 「私のことどう思ってるんですか?」


吉川 「一回一緒にメシ食ったサークルの後輩女みたいなこと言い出したじゃん。普通に部下としてしか思ってないよ」


藤村 「なら、なんであんなことしたんですか? してる最中は私のことを思ってるとか思わせぶりなことを言って!」


吉川 「説教だろ? なんでその一番シンプルなところぼかして言うの? あんなことじゃなくて説教だよ」


藤村 「全部終わってスッキリしたらもう私のことなんてどうだっていいんですか?」


吉川 「スッキリとかじゃないよ。こっちだって説教するストレスってのがあるんだから」


藤村 「あんなに情熱的に言ってきた言葉は嘘だったってことですか?」


吉川 「全部本当なんだよ。本当に改善して欲しいし、気をつけなければいけないポイントだから」


藤村 「もう私のことなんて思ってないってことですか?」


吉川 「思い方がそういう思い方じゃないんだよ。質が違うんだよ。あくまで弊社の社員として思ってるだけで」


藤村 「ビジネスライクな関係ってことですね」


吉川 「最初からそうじゃない? プライベートに踏み込んだこと一度もないよ?」


藤村 「わかりました。今後はお金だけの関係ということで割り切ります。今後は不用意にお前のためを思ってなど勘違いされるような発言は控えてください」


吉川 「今の今までそんなアクロバティックな勘違いするやついなかったよ!」


藤村 「つきましては説教聞き代の方なんですが、諸々オプション含みまして」


吉川 「代を取ろうとするなよ! オプションも頼んだ覚えないよ!」


藤村 「そうですか。指名抜きということでしたら、今後同期の笹咲が代わりに聞く形になりますが?」


吉川 「違うやつに説教する意味ないだろ!」


藤村 「ご指名ありがとうございまーす」


吉川 「新しいメカニズムを業務に持ち込むなよ!」



暗転

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