事実上の

藤村 「こちらついにここ、決勝まで勝ち進んできた吉川さんです。いよいよですね?」


吉川 「頑張ります」


藤村 「どうですか? 対戦相手の笹咲さんは実力もあり大方の予想通りにここまで順当に勝ち進んできた強敵です。特に予選での死闘は事実上の決勝戦などと言われてましたが」


吉川 「すごかったですね。私もあれを見て絶対勝ってやろうと思いました」


藤村 「一方で吉川さんは番狂わせに続く番狂わせで並み居る強敵を倒してきました。その姿に多くのものが声を上げたものです」


吉川 「なんとかここまで来たので、最後も勝って終わりたいと思ってます!」


藤村 「というわけで、形式上の決勝戦となりますが」


吉川 「形式上? そんな言い方ある?」


藤村 「まぁ、事実上の決勝戦は予選で笹咲さんがされましたので、これからはもうあまり盛り上がりも欠ける形になっちゃいますけど」


吉川 「そんなことないでしょ。これが決勝戦なんですから」


藤村 「あくまで形式上ではそうなってますね」


吉川 「形式上じゃなくてよ! 何その言い方。決勝は決勝でしょ?」


藤村 「はい、その通りです」


吉川 「じゃあ決勝に相応しい盛り上がりってのがあるんじゃないですか?」


藤村 「いや、ないと思いますけど」


吉川 「ないってなんだよ! あれよ! ちゃんと盛り上げてくれよ!」


藤村 「一応規定上は消化試合でもやらなければらないので」


吉川 「決勝なんだよ! 消化試合じゃなくて!」


藤村 「でも吉川さんも笹咲さんのあの試合は事実上の決勝戦だと思われたでしょ?」


吉川 「確かにそのくらい盛り上がったけど! 事実上ってなに!? 事実の決勝はこの決勝なんだよ! というか、決勝はこれからやるやつ以外にないんだよ!」


藤村 「そんな往生際の悪い」


吉川 「悪くないだろ! 正論だろ! 何一つ間違ったことは言ってないんだよ!」


藤村 「どの試合が事実上の決勝だったかどうかは、民意で決まりますから。観客の皆がそう思ってる限りたとえ決勝だったとしても覆りませんよ」


吉川 「あの試合を評価することは別に構わないよ。確かにすごい試合だったよ。だけど、これからの決勝を軽視する必要はないわけだろ?」


藤村 「あの試合でみんな満足しちゃった部分は否めないので」


吉川 「しちゃうなよ、予選で! なに序盤でお腹いっぱいになってるの? 最後を見越して満足感を組み立てろよ! ビュッフェとか行ったことないのかよ!」


藤村 「私こう見えて美味しいものから先に食べるタイプなんですよ」


吉川 「知らねーよ! お前の食に対するスタンス全然知らねーよ! ビュフェで例えた俺も悪かったけど! 決勝は決勝としてちゃんと見ろよ」


藤村 「見はしますよ? 仕事なんで」


吉川 「業務上の使命感でしかたなく見るなよ! もっと前のめりで来てくれていいだろ! これで優勝が決まるんだよ?」


藤村 「これでもし吉川さんが優勝なんてことになったら、それこそ目も当てられませんよ?」


吉川 「なんでだよ! 頑張ってんだろ! 勝つ可能性だって全然あるんだよ!」


藤村 「そうやって空気読まないせいで、こんな決勝になっちゃったんじゃないですか」


吉川 「空気を読むってなんだよ! 競技だろ? 勝負は真剣なものだろ? 空気を読んでこの辺でお暇します、なんて選手は出場する資格がないんだよ!」


藤村 「なっちゃったものはしかたないですから、頑張ってください」


吉川 「そんな声のかけ方されて頑張りが絞り出せると思ってるのか?」


藤村 「さぁ、事実上の予選と言っても間違いのない決勝がいよいよ始まります!」


吉川 「そんな事実上はないだろ! なんだよ、事実上の予選って。その言葉の組み合わせ生まれて初めて聞いたよ!」



暗転

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