優しい嘘

吉川 「なんだよ、頼みって?」


藤村 「実は実家から母さんが上京してくるんだ」


吉川 「まぁここ数年ご時世的にも色々大変だったからな」


藤村 「そうなんだよ。ただ一つだけ問題があって。俺、あんまり会わないことをいいことに、結構自分のことを盛って報告しちゃったんだよね」


吉川 「あるなー」


藤村 「母さんが凄い喜んでくれるからさ、俺も調子に乗っちゃったんだけど。今更嘘だなんて言えないし、せっかく楽しみにしてるところガッカリさせたくないし」


吉川 「それは後々のことを考えると本当のことを打ち明けた方がいいんじゃないの?」


藤村 「俺はいいんだよ。見栄張ってバカだと罵られても構わないし恥をかいたっていい。ただ、母さんをガッカリさせることだけは嫌なんだ。だから一日でいいから俺に合わせて嘘をついてくれないか?」


吉川 「そんなホームドラマみたいな展開が実際にやってくるとはな。とりあえずどんな嘘をついたの?」


藤村 「実は、言い難いことなんだが……。にんじんを食べられるようになったと言ってしまった」


吉川 「かわいい! 本当は食べられないのに?」


藤村 「うん、本当は食べられない。母さん喜ばせようと思って」


吉川 「いいよいいよ! そいうのなら協力するよ。一体どんな嘘をついてるのかと思ったら。それは俺が口裏を合わせればいいの?」


藤村 「頼めるか?」


吉川 「なんとかやってみるよ」


藤村 「あと他にもあるんだけど」


吉川 「しょうがないな。どんな嘘ついたの?」


藤村 「王位を戴冠したと言っちゃったんだ」


吉川 「王位? それはなんの王?」


藤村 「この国の」


吉川 「どういうこと? この国は王政を布いてないけど?」


藤村 「勢いで言っちゃって」


吉川 「お母さんはそれを聞いてどう思ったの?」


藤村 「喜んで赤飯まで炊いてくれて」


吉川 「お母さん疑うこと知らなすぎじゃない? 大丈夫? 詐欺とかに騙されてない?」


藤村 「あんなに喜んでる姿を見せると王位を戴冠してなかっただなんて言えないよ」


吉川 「そもそもその嘘はつかないけどな。いくら調子に乗っても王位を戴冠しないもん」


藤村 「言っちゃったんだからしょうがないだろ」


吉川 「しょうがないのレベルですまされなくない? そもそも王になったらその家族も色々巻き込まれるだろ」


藤村 「だから母さんは王太后として恥ずかしくないようにって美容院に行ってキツめのパーマもかけてた」


吉川 「自分が王太后であると自覚しちゃったんだ」


藤村 「語尾もザマスになった」


吉川 「別に王太后はそんな語尾じゃないと思うけど。本人が俄然その気になってるのしんどいな」


藤村 「今更本当のことは打ち明けられないだろ? すごい鎖骨を出したドレスに巨大なネックレスとか着けてるんだぞ?」


吉川 「ちょっとミッションの内容変わってきちゃったな。王太后と思い込んでるおばさんの接待をするってこと?」


藤村 「あと一応王である俺のことも」


吉川 「すげえ面倒くせえ! お前の王とかどうでもいいよ! そもそもどうやって王様感を出せばいいんだよ? 実際の王様はその辺にいないから現実味ないだろ」


藤村 「現代の王は市民にも親しまれてるから」


吉川 「お前の頭の中の設定とか知らないよ! 警備とかだっているだろ」


藤村 「その日はお忍びでやってるから、そういうの全部取っ払ったってことで」


吉川 「そんな雑な感じで処理できる問題? 口先だけでなんでもいけるの?」


藤村 「口先だけで王位継承できたくらいだから」


吉川 「確かに異常に信じ込みやすいタイプなんだろうけどな! そもそも俺はどの立場で接すればいいんだよ? 王に対してカジュアルな友達がいるのおかしいだろ」


藤村 「母さんには宮廷道化師が一緒に来るかもって伝えてはある」


吉川 「勝手に! 宮廷道化師にされてる! なんか道化的な振る舞いをしなきゃいけないんだ?」


藤村 「普段通りで大丈夫だと思う。王に対してそんなフランクに接してくるやつ、よっぽどのバカしかいないから」


吉川 「俺の普段をバカとして活用するなよ!」


藤村 「あとは流れで上手いことやって欲しいんだけど、一つだけ気をつけて欲しいことがあって」


吉川 「まだなんかあるのかよ! 流れの上手いことやれさ加減を楽観的にとらえすぎだよ!」


藤村 「身長も30cm伸びたって言っちゃってて」


吉川 「もう全部打ち明けて謝れよ!」



暗転

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