悪口

藤村 「ちょっと待って。それはさすがに悪口じゃない?」


吉川 「いや、違う。そういうのじゃなくて。ただそういうところあるじゃん?」


藤村 「そうだけど、さすがに悪口だろ」


吉川 「事実を言っただけで」


藤村 「それだったらもっと言い方あったんじゃない? そこまできたら悪口だと思うよ」


吉川 「悪口ってのは違うでしょ。だってその言葉自体には悪い意味合いはないもの。勝手にそれを悪いことだと受け止めてるそっちの被害者意識が強すぎるんじゃない?」


藤村 「そんなことないだろ。言われて傷ついたら全部悪口だよ!」


吉川 「たとえば『犬』という言葉があるじゃない? その言葉自体には悪い印象はない。むしろ人によってはいい印象すら抱く。犬は可愛いから。でも『警察の犬』とか『負け犬』とか、そっちの意味合いを想像すると、お前は犬だというのは悪口に思えるよね」


藤村 「そうだよ。ろくな言葉じゃないよ」


吉川 「いや、だから。ろくな言葉じゃないと思うのはそっちが勝手に悪い印象を受けてるからだって話」


藤村 「犬って言われて喜ぶか? 人間様が」


吉川 「自分のことを人間様と思って生きてる人、ほうぼうで軋轢を生んでそうだな」


藤村 「少なくとも俺は犬なんて言われたら傷つくね。怒らない意味がわからないよ」


吉川 「可愛い意味合いの犬って思えない?」


藤村 「畜生が?」


吉川 「ごめん。犬の例が悪かった。犬は止めるわ。なにか好きなものある?」


藤村 「トンカツ」


吉川 「微妙なラインをついてきたな。トンカツっぽいよねって言われたらどう思う?」


藤村 「いやいや、そんなことないっすよー、って答えるよ」


吉川 「満更でもないのか。思った以上にトンカツにポジティブなイメージ持ってるな」


藤村 「欠点ないだろ、トンカツには」


吉川 「そうかなぁ? ブタって言われるのは?」


藤村 「いや、俺はそれほどでもないよ」


吉川 「案外怒らないな。いいんだ? 犬よりも断然」


藤村 「当たり前だろ。いるか? ブタって言われて怒るやつなんて」


吉川 「いるよ。それはいる。確かにブタって言葉自体に悪い意味合いはないけど、一般的に太ってるような悪い印象を持ってる人が多いから」


藤村 「どっちかと言うとウシの方がショックだけどな」


吉川 「そうなんだ? あんまり悪口でウシって言う人もいないと思うけど。ブタの方がより頻出だよ。ウシの何が悪いかすぐに思い当たらないもの」


藤村 「胃が四つもありそうなやつとか、鼻紋で区別がつけられそうみたいなイメージあるじゃん。ウシって」


吉川 「ある? 逆にそれ人間に対して抱くイメージじゃないでしょ。あいつ胃が四つありそうだなーって。フードファイター限定の悪口じゃん」


藤村 「その点、ブタは一つだから悪口になりようがない。人間と一緒。ほぼ人間」


吉川 「自分を人間様だと言い張ってたやつがブタにそこまで親しみ感じる? でも言ってる方はそういう意識はないわけだから。人に向かってブタって言うのはやっぱりネガティブな印象を投げてる気がするな」


藤村 「だから結局、言われた方の受け止め方なんだよ! ブタを蔑んで生きてるようなクソ野郎はブタって言われたら傷つくんだろ。俺は俺が傷ついたら悪口」


吉川 「お前の感受性の範囲が特殊すぎてよくわからないんだよ」


藤村 「一度言われたらわかるだろ? もう二度と、この俺のことを犬なんて呼ぶな」


吉川 「わかった。犬は言わないよ。ウシも気をつける」


藤村 「これから逐一言っていくからな」


吉川 「わかったよ」


藤村 「あと俺に対して吉川なんて言ったらぶち殺すからな!」


吉川 「そんなひどい悪口、よく思いつくな!」



暗転

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