申し訳ない

吉川 「大変申し訳ありませんでした」


藤村 「いえいえ、こっちの方こそ。悪かったので」


吉川 「そうはおっしゃいましても、こちらの責任ではありますので」


藤村 「いいえ、元を正せばこっちが悪いので」


吉川 「そんなことありませんよ。こちらがきちんと確認しなかったのが原因ですから」


藤村 「ですから、その元はこちらのミスじゃないですか? なのでこちらが悪かったということになりますよね?」


吉川 「そうは言っても最終的に決断したのは当方ですので」


藤村 「しつけーな。こっちの方が悪かったと言ってるんだから、素直に受け止めればいいのに」


吉川 「しつこい? あ、いや。申し訳ない。なにやら気分を害してしまったようで」


藤村 「うわっ! その申し訳はズルいじゃん。それは今発生した申し訳でしょ? 根本の原因の話とは別の軸で申し訳を重ねてくるの卑怯じゃない?」


吉川 「え? 卑怯? 卑怯なことをしたつもりはないのですが、誤解を与えてしまったのでしたら大変申し訳ありませんでした」


藤村 「まただ! ダブルできたか。なにその便利なシステム。永遠に申し訳を量産できるやつじゃん。そんな裏技出されたら一つの原因にこだわって申し訳を掘り下げてるこっちがバカバカしくなるわ」


吉川 「あの、一体どういうことなのでしょうか?」


藤村 「どうもこうもないよ。後付の申し訳二つ分主張しておいてさ。そこまでいうなら、最初の申し訳はこっちの取り分ってことでいいよね? それがフェアだよね?」


吉川 「よくわからないのですが。そもそもこちらに非があることなので」


藤村 「だから、そもそもを言い始めたらこっちだってあるんだよ! そもそものそもそもがあるんだよ! なんだよ!」


吉川 「一体どの部分に対してお怒りなのかわからないのですが、すべてこちらの落ち度でありますので大変申し訳なく思っております」


藤村 「すべて!? 総取りしたの? そんな技あるのかよ。一個くらいこっちに申し訳を残しておくっていう配慮とかないの? 容赦ないな」


吉川 「いえ、ご容赦いただければありがたく思います」


藤村 「容赦まで盗ってくの!? いただくとか言ってるけど、それはもう強奪だろ。申し訳も容赦も全部? こっちには何も残ってないじゃん。不毛の地になったよ」


吉川 「こちらとしましては、問題を真摯に受け止めて早期解決のためにできる限りのことをさせていただくつもりですので」


藤村 「そんなこと言われても、こっちはもう何もないんだよ。空っけつよ? なんか一個くらいそっちから差し出すようなものないの? それが人情じゃない?」


吉川 「ど、どの件に関してのことでしょうか?」


藤村 「だから全部だよ! まぁ、あなたみたいな申し訳関係のエキスパートに対して申し訳なさマウントを取ろうとした私も愚かだったけど、そんな全部持ってくテクニックがあるって知らないもの。なんかくれよ! 一個でいいから。こっちが誇れるものを。家に持ち帰ってそれを見ながら晩酌して『今日も一日お疲れ様』と自分を慰められるものをくれよ!」


吉川 「どういうものをご所望されてるのか、今ひとつわからないのですが。そのお怒りのお言葉を十分に受け止めて陳謝いたします。大変申し訳ありませんでした」


藤村 「それをくれよ! 全部とは言わないから!」


吉川 「では大変申し訳ありませんでした。の大変の部分でいいですか?」


藤村 「やったぁ。俺は大変だ!」


吉川 「はい。どこに出しても恥ずかしくないくらい変だと思います」



暗転

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