褒めて伸ばす

藤村 「最近のやつはすぐ褒められて伸びるとか言いやがって。こっちも仕事だから、そう全部が全部褒めてられるってわけじゃないんだ。もちろん良いところがあったら褒めたいけれども、間違った場合は命に関わることもあるわけだから、そこは厳しく当たらせてもらう」


吉川 「はぁ」


藤村 「返事がいいな! ビックリした。切れ味のいい返事をするね。もうこっちも言った甲斐があったなぁって気持ちになる」


吉川 「そうですか?」


藤村 「その常に疑問を持ち続ける姿勢がいい。いるんだよ、最近の若いものには。言われたら言われたことしかやつが。そうやって本当にそうなのか、探求し続ける心、そういうのはもう教えられるものじゃないからな。持ってるやつは持ってる。最高」


吉川 「わかりました」


藤村 「素直さ! いないよ、なかなか。結局成長する人間というのはどういうやつかというと素直に受け入れられるやつなんだよ。若い頃ってやたら自己流を貫いて反発しがちじゃん。そういうのがない。将来性という点では最も評価できるな」


吉川 「なんか、不自然に褒めてません?」


藤村 「褒めてた? いや? 俺は厳しいから、本当のことしか言わない。ただ事実を言っただけ。裏表がなさすぎるせいで新人なんかは泣き出す子もいたりするんだよね。キミは違うな」


吉川 「そうですか」


藤村 「返事がいいねー。よくそんな返事ができるね? 結局会話ってのはキャッチボールだから、投げるだけ、受けるだけじゃ成立しないんだよね。返事の大事さがわかってるってのは有能の証」


吉川 「返事褒められるの二回目ですね」


藤村 「記憶の良さ! 普通前に言われたことなんて忘れちゃわない? ほぼ忘れるよね。俺なんか1秒前に言われたことすら忘れる。もうメメントみたいになってるから」


吉川 「それは大変ですね」


藤村 「思いやるなー。そんなに思いやって疲れない? 相手の気持ちを考えるなんて基本的にカロリーの無駄じゃん。世の中の人間バカばっかりなのに。そこをあえて思いやるという精神性の高さ。ビックリしたな」


吉川 「それほどでもないですけど」


藤村 「謙虚。どうしてそこまで謙虚にできるの? ブレない自分をきちんと持ってるからこそなのかな。愚かな人間ども相手に謙虚でいられるっていうのは凄いよ」


吉川 「愚かな人間どもと思ったことはないです」


藤村 「多様性を認める気持ち。現代の価値観にアップデートできてる! 一番それが大事だから。どんなバカでも許す心の広さがえらい」


吉川 「やっぱり不自然に褒めてません?」


藤村 「不自然さに気づく洞察力! バカだったら絶対に気づかないのに。よくそこまで言葉の裏を読むね」


吉川 「ん? なんかちょっと今のは方向性違いません?」


藤村 「一筋縄じゃいかなさ! ほとんどの新人は適当にこうやってればバカみたいに飲み込むのに、一筋縄じゃいかないねー。二筋必要な人間初めて見た」


吉川 「なんかもう褒められてるのかどうかもよくわからなくなってきました」


藤村 「わからないことをわからないと言える強さ。これが人間一番必要だから。ほとんどの人間はわかった振りをして生きてるだけなんだから。わからないと言えるのはバカよりマシ!」


吉川 「バカよりマシって褒め言葉ですか?」


藤村 「聞き取るねー。他人の言ってることなんて普通は大体の雰囲気だけで聞き流すのに。一言一句聞き取る緻密さ。仕事においてもそういう性格は活きてくるよ!」


吉川 「そうですか。ならいいですけど」


藤村 「それならまず実務を始めてみようか。そのボタンを押して」


吉川 「はい」


藤村 「押し方のフォームが綺麗。全盛期の村田兆治を彷彿させる。これはもう押した段階で結果はついてくるな。じゃあ、練習した通り話してみようか?」


吉川 「もしもし、お宅の息子さんが事故にあったのですが……」



暗転

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