イントネーション

藤村 「地方出身者はなんか微妙なところでバレるんだよ」


吉川 「そういうもんかぁ」


藤村 「訛ってるわけじゃないんだけどさ、例えば略称とか」


吉川 「マックとマクドみたいな?」


藤村 「そうそう。そういうのって地域性が出るんだよね」


吉川 「あれ? その言い方ってことは? となるのか」


藤村 「別にいいんだけどさ、隠してるわけでもないから。ただ一瞬、変な間ができるというか。突然目の前に異教徒が現れたみたいな空気になっちゃうのが好きじゃないんだよね。言わなくていいなら別に言わないでおきたい」


吉川 「気になる人は気になるかもなぁ」


藤村 「あとイントネーションか。これもテレビとかで音として聞いてたらいいんだけど、ネットで情報として文字で知ったものだと間違ってる可能性がある」


吉川 「あー、それはわかる気がする。地方出身者に限らないけどね」


藤村 「そうなんだけど、地方出身としてはそこに引け目みたいなものがあるからさ。万全でいきたいんだよ」


吉川 「なるほどね」


藤村 「だから頼むよ」


吉川 「ん? なにが?」


藤村 「察しが悪いな。教えて欲しいんだよ。正しい発音を」


吉川 「俺に? いや、別にいいけど。そんなに俺は正しい発音できるってわけじゃないよ?」


藤村 「でも東京出身だろ?」


吉川 「東京。千葉寄りだけど」


藤村 「東京だよ、それはもう。東京のさ、シティ派の発音をご教授してくれよ」


吉川 「若干バカにしてるだろ?」


藤村 「違う違う。ちょっと一個不安なのがあって」


吉川 「なに?」


藤村 「おっパブの言い方なんだけど」


吉川 「おっパブの言い方?」


藤村 「それであってる? おっパブ」


吉川 「いや、わからない。人生で初めて発音した。おっパブという単語を。お前がそう言ったから俺も同じ様に発音したに過ぎない」


藤村 「ジャッカルみたいな感じでおっパブでいいのかな?」


吉川 「わからない。俺に聞いても一生正解にたどり着かないと思うよ」


藤村 「ガッデムみたいな感じでおっパブでいいのかな?」


吉川 「さっきと一緒じゃない?」


藤村 「一緒か。もうわけわからなくなってきちゃって」


吉川 「いいんじゃないの? わけ分かる必要ある、それに?」


藤村 「ひょっとしたらさっぱりに近いイントネーションの可能性もあるかなと思ってるんだよ。だってさっぱりするじゃん?」


吉川 「知らない。なんか俺がおっパブ有識者みたいな感じで尋ねてくるけど、全然知らないんだよ。なんかそういう風なお店だろうなという薄っすらとした認識があるだけで。一個も確証がないんだよ」


藤村 「でも東京出身だし」


吉川 「万能のパッシブスキルだと思ってる? 東京出身という要素の適用外にあるのがおっパブだよ」


藤村 「本当に困ってるんだよ。NHKのニュースでアナウンサーが正しい発音をしてくれさえすれば問題ないのに」


吉川 「絶対に言わないと思うよ。よしんばニュースに関連したとしてもその言葉は言い換えられると思うから」


藤村 「俺は正しい発音がわからない恐怖から、もうおっパブに近づくことすらできない」


吉川 「別にそれはそれで困らないと思うけど」


藤村 「おっパブに近づくことすらできない!」


吉川 「二回言ったな。行きたいんだ? 行ってみれば正しい発音わかるんじゃない?」


藤村 「もうちょっと悩みに寄り添えよ。死後どうなるか不安な人間に『死ねばわかるんじゃない?』って言うようなもんだぞ!」


吉川 「言うようなもんか? だいぶ違う気がするけど。行く勇気はないんだ?」


藤村 「正しい発音さえできれば! 神よ、この俺にほんの少しの勇気を与えてくれ」


吉川 「神に祈るなよ、おっパブの正しい発音を」


藤村 「しっとりと同じイントネーションかな? なんかしっとりしてそうだし」


吉川 「なんだよ、しっとりしてそうって。なにが? 普通に考えたらもっと平坦なおっパブでいいんじゃないの?」


藤村 「服部と同じ?」


吉川 「うん。服部がどこからでてきたかわからないけど。俺だったらそう発音する」


藤村 「賭けてみるか。服部に」


吉川 「服部もこんなところで賭けられてるとは夢にも思わないだろうな」


藤村 「あとひとつ聞きたいんだけど。セクキャバの言い方がさ」


吉川 「スミマセン。ワタシ日本語ヨクワカラナイデス」



暗転

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