言った方がいい

藤村 「それは絶対言った方がいいよ」


吉川 「そうだよなぁ」


藤村 「いや、絶対に言った方がいいって」


吉川 「わかってんだけどさ」


藤村 「だってそうだろ? 言わなきゃわからないんだよ」


吉川 「でもなぁ」


藤村 「どう考えても絶対言った方がいいだろ、そんなの」


吉川 「じゃあ一緒に言ってくれる?」


藤村 「……」


吉川 「あれ? 一緒に言ってくれる?」


藤村 「……」


吉川 「え? 無視してる? 一緒に言って欲しいんだけど」


藤村 「え? 俺? 俺に言ってた?」


吉川 「この距離で突然話し相手が行方不明になる?」


藤村 「あ、なんだ。ごめんごめん。え、なに?」


吉川 「なにって、一緒に言ってくれるかって」


藤村 「それって何か、え? なにを?」


吉川 「ここ数秒の記憶どうした? お前が言えって言ったんじゃん」


藤村 「あ~。なるほど、その件か」


吉川 「他にどの件が会話に紛れ込む隙間あった?」


藤村 「ちょっとゴメン。考え事してて」


吉川 「そうなの? 結構短いスパンで考え事に没入するんだ」


藤村 「技術の進歩による自動化やAIの普及によって生じる雇用の減少や労働の変革に対して、どのようにして社会的な包摂と経済的な安定を実現することができるのかをちょっと考えてて」


吉川 「急に論文みたいなことを考えちゃうんだ。忙しい頭だな。で、一緒に言って欲しいんだけど?」


藤村 「あー、ごめん。今また考え事しちゃった。なんか思考がグチャグチャになっちゃった。核兵器の廃絶や国際紛争の解決に向けて、どのようにして国家間の協力と平和を促進することができるのかを考えてて」


吉川 「それはお前が考えることじゃないだろ。なんで瞬間瞬間でそんな大きな問題を考えてるんだよ。人類全体で取り組むべき課題だよ、それは」


藤村 「で、なんだっけ?」


吉川 「わかった。言いたくないんだろ? お前は人にやれやれと言っておきながら自分の手は汚したくないってだけだろ」


藤村 「そんなことないよ! 他人事だと思ってただけだ!」


吉川 「他人事だと思ってんじゃねえか。よくそんな真っ直ぐな目で白状できたな」


藤村 「まさかこっちにも火の粉が飛んでくるとは」


吉川 「その割には俺を火の中にしっかり誘導してくれてたな」


藤村 「まぁ、お前が燃える分には全然構わないし」


吉川 「構えよ! 俺にとっては一大事なんだよ」


藤村 「そりゃ、慰めるくらいはするよ。口先だけですむことならなんだってする」


吉川 「カスさが潔いな。でも一緒には言ってくれないんだ?」


藤村 「だってそれは、関係性とか面倒くさいことになっちゃうじゃん」


吉川 「そうだよ。だから言うのを悩んでるんじゃない」


藤村 「お前の関係性がどうなろうと知ったこっちゃないけど、俺はそういうの困るから」


吉川 「俺だって困るよ。知ったこっちゃないつもりで、ずっと言った方がいいってプッシュしてたの?」


藤村 「なんていうか、一般論としてね。そう言っただけで」


吉川 「言った方がいいって言ったじゃん? 一般論でそんな思い入れを込めることある?」


藤村 「一般の人々はエキサイトしちゃうこともあるから。そういうところが大衆の愚かな部分で」


吉川 「どの立場でそれを語ってるんだよ。お前はなに? 大衆を統べる人なの? だったら一般論を使うなよ」


藤村 「一般論というか、その、論理的に考えてみてよ? 言えば改善する可能性がある。でも言うことによって関係性にストレスが生じる。ただしそのストレスは言った人間が受けることになる。という状況だったら、俺の立場だったら言った方がいいというに決まってるじゃん。こっちはノーダメなんだから。はい、これが論理的思考というものです」


吉川 「その論理に俺のダメージも含めて計算し直してくれよ」


藤村 「なんでそんな面倒くさいことをしなきゃいけないんだよ!」


吉川 「だったら最初から首を突っ込まなきゃいいじゃない」


藤村 「お前に俺の娯楽を邪魔する権利はないだろ!」


吉川 「娯楽だと思ってたんだ。人の深刻な悩みを。前々から思ったんだけど、お前さぁ!」


藤村 「待て! それは言わない方がいい!」



暗転

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