アイドル

吉川 「もう諦めた方がいいんじゃないか? 誰もキミみたいなアイドルを認知してないんだよ」


藤村 「大丈夫です! 完璧で究極のアイドルを目指します!」


吉川 「目指すのはいいけど、キミ一人でやるわけじゃないからね? それなりの集客が見込めないと我々もサポートできなんだよ」


藤村 「その点に関しては時代がついてくるのを待つしかないかと」


吉川 「もうかなり待ったよ。かなり待って、流石に徒労だなって気分になってるんだよ」


藤村 「実力はあるんですよ。ただ、何か知られてない。知られる機会がない。結局そういうのって一般層にリーチするためのコピーだと思うんですよ。わかりやすくプレゼンできるかどうかという」


吉川 「もちろんそういうのは大事だよ。ただもう、そんなのは出尽くしてるからね」


藤村 「実はまだ一個だけ手のついてない鉱脈があるんですよ」


吉川 「ある? 本当に?」


藤村 「はい。なんでこれがいなかったのかという。このコピーのアイドルまだ知りません。◯◯できるアイドルっていますよね?」


吉川 「会えるアイドルとかね。そういうので広まったのはあるよ」


藤村 「猫のモノマネができるアイドル」


吉川 「ん?」


藤村 「猫のモノマネができるアイドルです。実は俺、結構できます」


吉川 「それは言わないだけだな。できるんだよ、みんな。誰もができるからあえて言うことじゃないんだよ」


藤村 「嘘……。まだ誰もできないのかと思ってた」


吉川 「ピュアだな。ピュアさだけアイドル並だな」


藤村 「既にいるのかぁ。じゃあこういうのはどうでしょう? 猫のモノマネができるアイドルのモノマネができるアイドル」


吉川 「入れ子構造だ。文脈が複雑になった割にやってるパフォーマンスのクオリティが一切上がってない。逆に届きづらいだろそれは」


藤村 「犬のモノマネはややできるアイドルってのは?」


吉川 「できろよ! なんだよ、ややって。ちゃんとできるアイドルは他にもいるし、できたところで売りにはならないから誰も言わないんだよ」


藤村 「階段の上り下りができるアイドルってもういました?」


吉川 「いるよ! アイドルってお爺ちゃんがなるものだと思ってる? みんなできても言わないだけなんだよ」


藤村 「じゃあ、逆に階段の上り下りができないアイドルってことで」


吉川 「色々いるんだよ。車椅子のアイドルとか。そこも別に未踏の地じゃないんだよ。しかもお前はできるけどできないって言い張ってるだけの一番たちの悪いやつだろ」


藤村 「違法薬物に詳しいアイドルっていうのは?」


吉川 「それはダメなんだよ。もう売りとかじゃなくて自白なんだよ。キャッチコピーが自白のアイドル見たことないよ」


藤村 「違います! 詳しいだけ。とにかく詳しい。でもそれだけ」


吉川 「完全にアウトなんだよ。アイドルは違法薬物の存在しない異世界の住民なんだから。知ってるだけで終わりなんだよ」


藤村 「まだ前科のないアイドルってのは?」


吉川 「ないことが前提なんだよ。逆にあってアイドルを目指そうってエクストリームなビクトリーロードを歩むやついないんだよ」


藤村 「気持ち悪いオタク相手でも営業スマイルを欠かさないアイドルってのは?」


吉川 「それに関してはどっちとも言いたくない。全員そうなんだよっていうのも角が立つ。大人なんだからその辺は理解しておいてくれよ」


藤村 「ジャケットの下でロンTの袖がまくれ上がってても気持ち悪そうにしないアイドルってのは?」


吉川 「どうでもいいあるあるネタみたいになってきたな。しかも別にアピールするほどの偉業じゃないだろ。我慢しろよ、そのくらい」


藤村 「もうないですよ。ひょっとして、アイドルってこの世の全てがいるんですか?」


吉川 「なんだよ、この世の全てって。確かに多様性はあるけど、この世の全てではないだろ。お前のこの世の全て20個くらいで終わってない?」


藤村 「待って、数えてみる」


吉川 「数えられるなよ。その認識の時点で世界の捉え方間違えてるんだよ」


藤村 「ひょっとして俺は世界の特異点なのかも。存在の認知を超えた、いるんだかいないんだかわからないアイドルだ」


吉川 「初手に戻ったな」



暗転

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